34.本体◇ヒリア
佐倉君は周りの望む自分を演じていたという。
だけど、演じきれていなかったとも。特に、女の子の望む自分はぼんやりとしか浮かばず、結果やたらガードの堅い人間ができあがった。
だから彼は余計に周りとうまくしゃべれなかった。自分で自分をどんどんがんじからめにした。
わたしは、そんなつもりはなかった。
誰が何を思おうと、わたしはわたしだし、そんな周りに合わせてあげるようなメンタルでいたなら、あの家で育ったわたしがこんなふうになるはずがない。
じゃあなぜ、そのままで、他人と接しようとしなかったのか。
普通にしていてもよそよそしい態度しかとられなかったから。それを壊していけるほどの社交性はなかったから。人見知りだったから。
結局、怒って諦めていた。わたしというものを勝手に誤解してわかってくれないような人達に、なぜわたしがこちらから自己開示して歩み寄らなければならないのか。今まではずっとそんなことなかったのに。周りが悪いんだと思った。
誰だって話してみなければ、その人がどんな人かなんて、わかりはしない。
その機会を作ることに対してわたしは消極的で、自信がなかった。そして、怠惰でもあった。
わたしがその気になりさえすれば、いつだって世界は変えられたかもしれない。
だってわたしは既にひとつ、その殻を破っていたのに。
かたわらの友人を見て、お弁当のカニクリームコロッケをごくんと飲み込む。
「まなみん、まなみんに言っておかなければならないことがあります」
中庭。目の前でいちごオレ片手にメロンパンを頬張るまなみんに、神妙な声をだした。
「なんだ? なんでも言えよ!」
「わたしの好きだった人、どうやら佐倉くんだったみたい」
まなみんが勢いよく、飲んでいたいちごオレを噴出した。なにかの芸みたいだった。
「まなみん、佐倉君好きだったよね?」
まなみんは目を白黒させながら片手をぶんぶん振って、もう片方の手で胸を叩いた。
「あ、いや、それは気にしなくていい、げふっ、それよりど……げふっげふっ」
まなみんの背中をさする。ものを詰まらせたわけでもないのに胸を叩くのは無意味だが、彼女も混乱しているようだった。
友達がいなくてモテないはずのわたしの想い人。なぜそれが正反対の佐倉君になってしまったのか。わたしとしてもしっくりこないが、事実なのだから仕方がない。
まなみんの咳がおさまって、ふたりで青空の下、しばらく黙っていた。チヨチヨと鳥の声が聞こえて、あたりを見回す。
「なるほど。出来心で顔を見たら佐倉君だったと……」
「うん」
「で、とりあえず……なにが問題なんだ?」
「え?」
「さいちゅんは、相手がどんな人でも、変わらずネクラっちが好きなんだろ。そう言ってた」
「そ、そうは言ったけど……まさかあんな……逆方向にこられるとは……わたし、モテる人ちょっと苦手なんだよね」
「アタシはさいちゅんのこと、美人で悩みなくて、お気楽なやつだと思ってたよ。それって逆差別みたいなもんだろ。同じことすんなよ」
「う、うん」
「じゃあなにがいけないんだ?」
「まなみんだって、好きなんでしょ。でも彼女になる気はないって……」
「アタシとアンタはちがうだろ。アタシはほんのちょっとの関わりで憧れただけだ。アンタはきちんと話して、内面を好きになったんじゃないのかい? それを容姿が良かったからって……」
「容姿がいいのがいけないってわけでもないんだ。知らない人だと思ってたから……なんか一致しなくて」
まなみんがふん、と息を吐いて漢らしい表情で息を吐いた。
「まぁどうしても受けつけないなら、そう言うとして、佐倉君にはちゃんと謝れよ」
まなみんがわたしを真正面から睨みつけてポキポキと指の骨を鳴らす。
「まなみん、それ……骨に悪くないかなあ……」
「アタシは不当に佐倉君を傷つけるやつには友達でも容赦しないよ……」
「はは……」
「笑いごとじゃねえぞ。アタシは本気だ」
「……肝に銘じます」
*
お昼休みのチャイムが鳴った。
教室はいつも通り賑わっていて、わたしは机に顔を突っ伏して、ずっと考えていた。
ネクラ君は、すごく飾らない人で、佐倉君は飾りすぎる人だった。
だから、一致しない。そのふたりはわたしにとって、同一でない。
わたしは今まで、佐倉君のことはべつに好きではなかった。
見た目は綺麗だと思うけれど興味はわかない。だからそれを急に好きにはなれない。なる必要もない。でも、ネクラ君のことは好き。これがわたしを混乱させる。
だけど、そのときふっと思った。
佐倉君を基準にする必要はない。
わたしはネクラ君が好きで、たくさん話して、大好きになったネクラ君の見えなかった一面なら、できるかぎり許容したい。
佐倉君の影に隠れて見えない部分。それがネクラ君なんだと思っていたけれど、見方を変えるとネクラ君の一部が、佐倉君だった、それだけかもしれない。
突然消えてしまったわたしの好きな人は、ずっとそこにまだいたかもしれない。そして、わたしに新しい顔を見せてくれた。
その思いつきは、なにも変わっていないのに、わたしをわくわくさせるものだった。
わたしは顔を上げてネクラ君を探した。
いない。
彼もきっと、モヤモヤしている。
彼だってきっと、西園寺ゆりあが好きだったわけではないのだから。
本当にひとりでゆっくり考えたいとき、彼は「用事がある」と謝って、決してその後を追わせない。
立ち上がって教室を出た。
奥の教室前の廊下をちらりと見たけれど、友達と話しているわけでもなさそう。
教室からは少し離れている、少しへんぴな位置にあるその場所にわたしは向かう。
そっとノブをひねる。扉は開いていた。
キイ、とドアの軋む音がする。ゆっくりと静かに扉を閉めた。埃っぽい空気が肺に流れ込む。
入り口から見える本棚、その裏側のエリア。
締め切った小さな窓から外を覗き込むようにして、彼はそこに立っていた。
窓の外の空は水色。雲はあまり見当たらない。風もない静かな午後が窓に縁取られていた。
ネクラ君はわたしが入って来たのに全然気づかないで、動きもせずにぼうっとしている。
その背中をしばらくぼんやり見つめる。
なんだ。ずっと、ここにいたんだ。
ネクラ君だ。思っていた人と少しちがった部分もあったけれど、それでもこれはわたしがずっと話したネクラ君なのだ。
わたしはやっぱりネクラ君のことが大好きだ。今でもずっと会いたいと思っているし、変わらず恋をし続けている。
だから佐倉君のことも、もしかしたら大好き、なのかもしれない。
大きく息を吸って吐く。
後ろ姿しか見えないその姿は、ずっと探していた彼が、そこでぽつんとわたしを待っていたかのように感じられた。
だからわたしは、まるで長く待たせた人に会いにきたような気持ちで、後ろから近付いてそっと抱きしめた。




