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32.気まずいお見舞い◇ヒリア



 思い込みというのは恐ろしい。


 ほかの男子で同じくらいの符合があったなら、もっと早く気付いていたかもしれない。それだけはないと、はなから除外していたのだ。


 それでも、混乱していたとはいえ、さすがに反省した。わたしは一方的に撃を投げつけて帰ってしまった。冷静になって考えたら佐倉君の言った通り、わたしだと知っていたとは思えない。あれもこれも、そんな演技だったなんてあり得ない。

 だからびっくりしたのは向こうも同じだろう。


 全てが崩壊してから、もう数日経っていたのに、わたしはいまだに現実を受け入れられずにいた。


「佐倉、西園寺」


 放課後、帰ろうとしていると小さな花束を手に持った増田先生が廊下で手招きしていた。

 雑用だとしても今はなるべく彼と顔を合わせたくないのに。


「校長先生が盲腸で入院した」


「え、そうなんですか」


「手術はもう無事終わって、入院している」


「あぁ、よかったです」


 増田先生はそこまで言って自分のスマホを出して、病院の場所を表示させた。ここから近い病院だった。


「帰る前にお見舞いに、行ってきてほしい」


「なんでですか」


「第一に、校長先生は、お前らを気に入っている!」


「はあ」


「第二に、校長先生はしょんぼりしていらっしゃる!!」


「は、はぁ」


「わかったならこのお花を持っていって、元気付けてあげてほしい」


 増田先生が半ば強引に佐倉君に花束をぐいと押し付けた。


「え、先生は行かないんですか?」


「俺も、もちろんいくぞ! 行くとは思うが……今日は忙しいんだ!」


 だいぶ白い目になっていたと思う。

 増田先生は追求を逃れるように「頼んだ」と言ってスタコラ逃げた。


 佐倉君と、お見舞いのお花と一緒にそこに残された。


 ちらりとそちらを見たけれど、堂々としていて、相変わらず目も合わせようとしない。いつもの、涼やかで落ち着いた、女子を拒絶するような高潔さを身にまとった佐倉総士だった。


 はっきりそうと知った今でも、やはりわたしの好きだった人には見えない。何か大掛かりな騙しに引っかかったような違和感しかない。


 なんだかムカムカしてくる。


 佐倉君が話と違い過ぎるのがいけないんだ。この人、嘘ばっかりじゃないか。ぜんぜんネクラ君と違う。手に持った花が無駄に似合っているのがまた腹立たしい。


 振り向いてべえと舌を出した。


「さ、西園寺さん」


「ふん」


 ほんの少し彼の表情が崩れたので小さくうさを晴らした。でもわたしの腹の怒りや困惑はそんなものでは綺麗さっぱりはなくならない。


 佐倉君の手から花束を奪い取り、さっさと席に戻って鞄を手に持った。つい、そっけなくしてしまう。


 本当のことを言うと恥ずかしくもあるのだ。

 ネクラ君に言ってたあんなこと、そんなこと、佐倉君に言ってたあんなことも、全部知らない人に聞かれてたみたいな恥ずかしさがあって、顔を見れない。


 お互いさまといえば、お互いさまなのだけれど。


 下駄箱で靴を履き替えていると、彼もやってきた。そちらを見ないようにして、さっと昇降口を出る。


 校門を出て急ぐようにズンズン歩いていると佐倉君に呼ばれる。


「西園寺さん」


「……」


「西園寺さん!」


「なに!」


 怒って振り向くと曲がり角で立ち止まっていた佐倉君に「道、こっちだよ」と言われる。


 今度は彼の少し後ろを歩いた。苛立ち紛れに石ころを蹴る。石は排水溝にからんと落ちた。佐倉君の姿勢の良い背中を睨みつける。


「ねえ、嘘つき」


「嘘ついてない」


「友達いたくせに」


「あの時はいなかった……あれ、こっちであってるかな」


「バカ!」


 八つ当たりのように思いきり怒りをぶつけても佐倉君は怒らない。クールでガードが固い佐倉君だと意外だけれど、温和でモテないネクラ君だと思うとまったく不思議じゃない。


「あ、道あってたよ。西園寺さん」


「……モテないってのは?」


 背中にぶつける声に彼はスマホの地図を確認しながらたんたんと答える。


「俺の性格知ってるよね……女の子に囲まれて、何話していいかわからなくて、無難な相槌は打てるけど……いつもどうしていいかわからなかった。彼女もいたことないし、たまに告白されても性格がバレるの怖くて全部断ってた」


 そんなの、わかるわけない。ネクラ君はもっと普通にモテない人だと思っていたのに。本当に腹が立つ。


「何年もあんな状態なら慣れるでしょ!」


「慣れなかった……ていうか酷くなった」


 なんというか、脱力する。呆れてものを言う気が失せる。


 空を見上げてむなしき思いをこぼす。


「あーあ、あの時、顔見るんじゃなかったなー」


 自分がしでかしたことなのに、思わずごちた。ほとんど独り言のそれに、佐倉君の反応はない。


「見なければ、今頃まだネクラ君とイチャイチャしていられたのに……」


「お、俺と?」


「ちがう!」


「でも、俺だし……」


「そうだけど、違うのー!」


 また、ぽつぽつ歩く。目的地の病院らしきものが見えた。


「あ、あの病院だよ」


 佐倉君が振り向いてそれだけ言ってまた前を向く。その背中を睨みつける。


「返せ!」


「え……?」


「わたしの大好きなネクラ君を返せ!」


「……」


「ネクラ君に会いたい!」


 佐倉君が片方の手で顔を隠した。耳が赤い。


「佐倉君のことじゃないってば!」


「でも、俺だし……!」


「わーかってるよ! でも違うのー!」


 病院に着いたけれど、なんと校長はスヤスヤお昼寝中であった。しかも、さっき寝付いたばかり。


 お花を校長の奥さんに預けて、五分もせず外に出た。





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