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28.両思い◇ヒリア



 告白しちゃった。


 実ってしまった。


 これは、彼氏だろうか。彼氏だよね。彼氏なら、もっと連絡とか、約束とか、増やしてもいいかな。夢が広がる。


 速攻で中学の友達に電話した。

 途中経過を話していたりゅんりゅんに報告する。


「わー! さいちゅんおめでとう!」


「ありがとうありがとう!」


 わたしは部屋じゅうをグルグル回りながら、見えもしないのに片手をブンブン振り回してお礼を言った。


「モンスター退治の人だよね?」


「だよだよ!」


「そっかあ、結局どんな人だったの? 顔とか」


「え?」


「ん……?」


 顔は合わせていないというと、電話越しに絶叫された。


「さーいちゅーん! それは無い!ナシナシのナシだよ!」


「あるの! あるのー!」


「顔見るまえに告白してるのがすでにおかしいけど、なんでお互い告白した後で顔を合わせようって話にならなかったの? 逆に不思議なんだけど」


「それはー…………会うのが怖かったからです」


 少なくともわたしはそうだ。

 すっかり今の状態に慣れてしまっていて、思いつきもしなかった。


「ひっくい! さいちゅんもその人もコミュ力最低値すぎるよー! このまま行くと、顔を合わせず結婚して、覆面した結婚生活になるよ」


「そ、その手があったか!」


 電話越しにも呆れられたような冷気がヒンヤリきた。


「ねぇ大丈夫? そもそもその人、本当に生徒なの?」


「生徒じゃなきゃなんなの?」


「知らない……おじさんとか」


「こわい」


「そもそもその人、本当に生きた人間なの?」


「え、あれ? 地縛霊的な?」


「知らないおじさんの……亡霊……」


「こわい」


「そもそもその人、人間なの?」


「人間じゃなきゃなんなの?」


「カンガルー……とか」


「可愛い」


 とりあえず生きた知らないおじさん説が一番恐いと言う話になった。


 しかし、残念ながら現状、知らないおじさんが存在として一番近いというのも事実であった。


 わたしは知らないおじさんを彼氏にしたかもしれないのか。そう思うと少し異常な気もしてきた。


「もう顔合わせなって! 大丈夫! さいちゅん可愛いから! きっと大喜びだよ!」


「そうかなぁ……みんなに敬語使われる顔だよ」


 もし顔を見せてネクラ君にまで敬語を使われるようになったら、立ち直れそうにない。


「さいちゅんは大丈夫! でも……向こうはトンカツご飯みたいな顔の人かもよ」


「トンカツご飯好きだから問題ない。ミネストローネみたいな顔より好き」


「えー、私はだんぜんミネストローネだけどなぁ」


「でもわたし……ゴルゴンゾーラみたいな顔の人はちょっと苦手なんだよね……」


「ゴルゴンゾーラかもよ〜!」


「どうしよう……」


 ゴルゴンゾーラみたいな知らないおじさんだったら、どうしよう。


「そういえばさ、さいちゅんの学校に、格好いい人いるって言ってたじゃない? あの人はどんな顔なの?」


「佐倉君か……えーとね……あの人は……」


 間違ってもトンカツご飯じゃない。かといってミネストローネでも、ゴルゴンゾーラでもない。


 色々浮かべたけれど、どうもしっくりこない。洋風ではない。でも和風というにはほんの少しエキゾチックな雰囲気もある気がする……。中華でもないアジアでもない。なぜか彼の家で食べたサバ味噌定食が頭に乱入してきて混乱した。


 涼やかで、潔癖っぽいのに、なぜか色気がある。あの顔は……。


「わらび餅?」


「え、さいちゅんわらび餅好きじゃん……ていうか、意外と庶民的な顔なんだね」


「いやでもなんかちがう気もする……しっくり来る食物が……」


 佐倉君の顔の表現で一分ほど悩んだ。

 唸っているとりゅんりゅんが「もういい、わらび餅でいい」と言ってくれて思考を止めた。


「わらび餅イケメンはともかく、知らないおじさんとはちゃんと顔を合わせて、名乗り合うんだよ?」


「おじさん言うのやめてよ!」


 でも確かに、そろそろ顔を合わせてもいいかもしれない。このままだと脳内で知らないおじさんになりかねない。


 電話を切ったあとにネクラ君にメールした。


『ネクラ君、好き』


 送ると十五分ほどして、『俺もすけです』となぜか女宣言してる焦ったようなメールが返ってきた。ネクラ君、照れ屋だからろくに見ずに勢いで返信したのかもしれない。


 ネクラ君なら、知らないおじさんでもいいかもしれない……。なんならゴルゴンゾーラでも愛してしまうかもしれない。


 あれだけりゅんりゅんに言われたのに、わたしは大切な問題を心の中でまた先回しフォルダに入れた。







「リアちゃん」


 雑なノックのあとにお姉ちゃんが入ってきた。


 お姉ちゃんはわたしを“リアちゃん”と呼ぶ。

 いつも綺麗な爪と髪で、休みの日だってお洒落な服を着ている。ショートボブの髪は謎に非対称なヤバいかたちをしているが、なぜか色っぽくてお洒落に見える。


「うわ、相変わらずひっどい部屋。そのコタツ……コタツはもう仕舞わないで次の冬を目指すのね」


 わたしの部屋にはコタツがある。片付けそびれて数ヶ月。プライバシーの名のもと、好きに置かせてもらっている手前、お掃除も個人の部屋は不可侵だ。


「……この狸の置物はいったいどこで買ったの?」


「何しに来たの?」


 お姉ちゃんが手に取った狸の置物を奪い返して抱きしめる。お姉ちゃんは苦手。


「あ、そうそう。リアちゃん、服もらって」


 言われて立ち上がり、お姉ちゃんの部屋に移動する。


 お姉ちゃんの部屋はとてもお洒落な外国のブランド物の家具と、インテリアにまみれている。


 しかし、部屋自体はちっともお洒落ではない。そうはならない。


 問題はその量だ。お姉ちゃんの部屋は物が多い。服。インテリア雑貨。美容の機械。かばん。靴。お洒落な家具。服。服服服。この人は物欲の鬼なのだ。


 海外のブランドものだろうが、最新の美容の機器だろうがこうなると同じ。単品で見ればお洒落なものも、リサイクルショップ状態で散乱していては物置にしか見えない。箱から出てないものもあるのでなおさら。


 ものごとには適切な程度があり、その限度をこえると、属性を失う。それをよくわからせてくれる部屋だった。


「そういえばお姉ちゃん、わたしこの間お姉ちゃんの出てる雑誌見たんだけど」


 表紙にいたからついパラリとめくってしまったそこには簡単なインタビューが載っていた。


 “部屋には本当に自分に必要な物しか置きません。好きなものをじっくり見極めるのも私にとって大切な作業。”


 とかなんとか書いてあった。

 お洒落な服を着たお姉ちゃんが、ゲロなど生涯で一度も吐いたこともないような顔で気取ったポーズをとっている写真もあった。


 この部屋は無駄の権化だ。

 わたしの部屋と置いてるモノのジャンルこそまったくちがうが、そんなものを忘れさせてくれる程度には酷い。


 布切れの山からわたしの着れる服を選別していたお姉ちゃんがこちらをチラっと見た。


「リアちゃん、私はイメージを売っているの」


 お姉ちゃんは布切れをわたしにぽいっと投げた。ものすごくまっすぐ手の前にきたのに、反射神経が追いつかず、ぽとりと落ちた。付けっ放しの値札の金額におののく。


「べつに私演技派でもないし、もっと綺麗な人もたくさんいるし」


 お姉ちゃんはしゃべりながら服をぽいぽい仕分けしていく。


「本当に美人かどうかなんて大事じゃないの。演技もそう。どうせ上手い下手の区別なんてつかない人がほとんどだし。そういうイメージだけあればいいの。イメージが大事なの」


 鼻の穴を膨らませながら言う姉を見て、たじろぎ、わたしはそれ以上モノを言うのをやめた。



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