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26.0923◇ヒリア



 もうすぐ佐倉君の誕生日らしい。

 女の子たちが騒いでいた。本人が言い回ったとも思えないのに、みんな知ってる。


 そして本人とは関係のないところで祝いの宴が催されるらしく、河合さんたちは放課後のパーティの予定でもりあがっている。


 漏れ聞こえてきたところによると去年はなぜか話の流れで男女混合で祝いが行われたらしい。おまけに本人のあずかり知らぬところで行われた佐倉君の誕生パーティで出会って付き合いだした子が見守る会をそっと脱会したとかなんとか。見守る会、だいぶ緩い。ていうか、佐倉君て、いったいなんなんだろう。


 佐倉君の誕生日は、わたしにとっても馴染み深い数字でもある。

『0923』ネクラ君のアドレスに使われていた数字。なんの数字なのかは聞いていない。誕生日なのか、電話番号の末尾なのか、アドレスを決めたその日なのか。わたしはネクラ君のことを、あまり知らない。


 ネクラ君とは、結局夏休み明けからずっと連絡がとれないまま、会えていない。


 もう会えないんだろうか。


 今まで、なんだかんだ遠慮していたけれど、会えないなら、探してみてもいいかもしれない。というか、探すしかない。だって、会いたいんだし。わたしのことが嫌になったのだとしても、理由くらいは聞きたいし、お別れの挨拶だってしたい。


 中庭でサンドイッチを食べる。


 わたしは情報整理もかねて、まなみんにネクラ君の話をしていた。友達と恋話とか、憧れていたけど、女子校だったからあまりなかった。


 まなみんはそういう話が大好きみたいで目をキラキラさせて聞いてくれた。


「顔も名前も知らないのに、好きとか、おかしいかなあ」


「えっ、えっ、なんで?! ちょーロマンじゃね? いいよ! すっげ素敵だよ!」


「ちょっと恥ずかしいんだけど……」


「なんでだよ? 恥ずかしくねえよ! アタシが佐倉君のシモベになった瞬間の話する?」


「ボタンの話でしょ、もう何回も聞いたよ」


 まなみんは、がははーっと笑いながら自分の頬を両手で包んだ。乙女なのか、がさつなのか。


「アタシ友達と恋話するの初めてだよ!」


「えっ、そうなの?」


「柄じゃねえから、みんなアタシに振ってこない」


「そうなんだ」


「さいちゅんと話せて楽しいよ」


「えへへ。わたしも話せて嬉しい」


 まなみんはやっぱり少しだけ無理をしていたみたいだ。ふたりでお互いの両手の手のひらを合わせて左右にぶんぶん振って喜んだ。


「わたしよりまなみんのほうが顔広いでしょ? 誰かネクラ君ぽいひとに心当たりある?」


「んー、まずウチのクラスじゃねえなあ」


「なんで?」


「ウチのクラス、ぼっちはいねえから!」


「あぁ〜」


「さいちゅんとこは?」


「うちも……わたしくらいかなぁ……男子も、休み時間にひとりで過ごしてるような人はいないや……」


 ちょっと悲しい感じになってしまい、まなみんが「はは……」と笑う。


「いや落ち込むな! 候補がふたつ減ったじゃねえか! 残りを探していけば辿り着くべさ!」


「そうべさね……」


 まなみんに連れられてまた休み時間に順にクラスを見ていく。1組と7組の線は消えてるから残りは5クラス。これでいなければ三年生の可能性が高まる。


 まなみんはわたしと比べれば顔が広く、他クラスにも前のクラスの友達が散らばっていたので3組と4組もほぼ消えた。あとみっつはよくわからない。


「いないねえ……」


「友達がいなくて男子生徒。おそらく部活は入ってなくてバイトしてる、他には?」


「あ、モテない! すっごくモテない!」


「残念ながら大半の男子はモテないし、モテる男子のほうが数が少ねえんだよなあ……ほかには?」


「うーん、面白くて優しくて……あっ、もしかしたら子どもに好かれる顔なのかも、しゃべりかたが優しくて……素敵でね……あとおにぎり作るのがすっごく上手で……」


「ノロケはいらねえ!」


 まなみんに一喝される。

 しかしあのおにぎりには本当に惚れ直した。思わずそのままプロポーズしてしまいそうなぐらい美味しかった。


 美味しいといえば、佐倉君の家のサバ味噌定食。あれも絶品だった。ふだん母親が料理教室で覚えてくる洋食に慣らされ、飽き果てているわたしにとって、五臓六腑に染み渡る味だった。


 ちらりとまなみんを見る。きょとんと見返されたけれど笑ってごまかした。


 夏休み中に佐倉君に会ったことは誰にも言っていない。


 まなみんには言おうかと思ったけれど、やめた。彼女も一応佐倉君のファンだから。

 わたしはあの日降ってわいた災難から佐倉君に助けてもらった。それなのに、ファンの子に不可侵とされているお家のことを言いふらすのは、悪い気がしたからだ。


 佐倉君の印象はだいぶ変わった。

 思ったより話しやすかったし、あのあとも頼ってしまった。


 でもやっぱり気軽に話をするにはわたし達の関係は周りに見張られていたし、見守る会の方たちの言ってた過激派も恐い。無理して友達になりたいほどの興味もなかった。

 だからあの日のサバ味噌の味は、一応墓まで持っていくつもりだ。







 放課後になってまなみんが「こいつはちげえかな」とお肉をろくに食べてなさそうなゲッソリした人を羽交い締めにして連れてきた。


「な、な、な、なんですかキミタチは!」


 まなみんに捕まえられたその人はキョトキョトしていて、まなみんからしきりに逃げようとしていた。たしかに、かなり人馴れしてない動物みたいな動きをしている。


 まなみんにどのへんでネクラ君だと思ったのか聞いたら「暗そうでモテなそうだったから締め上げて連れてきた」と言った。その人はまなみんに捕らえられたまま顔を真っ赤にして、眼鏡をクイッと押さえ歯をギリギリさせて震えた。


「あの……友達いますか?」


 確かめるために聞いた台詞に、その人は顔を真っ赤にして叫んだ。


「い、い、いるに決まってるだろう! 失礼な! 失礼、キャマリナーイ!!」


 後半の声は甲高くて、特徴的だった。これはちがう。わたしは人の声とかあまり覚えないほうだけれど、さすがにちがいすぎる。


 冷静に思ったあと、自分の発言に気付いた。


「あぁッ! すいません! すいません!」


 慌ててペコペコ謝って、まなみんから解放すると「ピッゴャアァァー!!」「ギュネォエエェー!」と謎のおたけびでわたしとまなみんを順に威嚇したあと、すごい速さで消えた。


 あとからわかったことだけれど、その男子生徒は生徒会長だった。


 だからというわけでもないけれど、申し訳ないことをした。ネクラ君は、たぶん、生徒会長とかやるタイプじゃない。

 あの眼鏡の人も生徒会長としてはだいぶ不安だけど。


「まなみん、あまり……力技で連れてこないように」


「そうだな……」


 ネクラ君の捜索はうまくいかなかった。


 ネクラ君、いったいどこにいるんだろう。







 休日の夜、部屋に戻って放置していたスマホを見るとメールがきていた。


 件名は『ネクラです』だった。

 ネクラ君だ! すごく暗い人からのメッセージみたいだけどネクラ君だ!


 ものすごくドキドキしながら本文を開く。


 本文は……『ネバネバフンババー!』


 今ごろその返事をするまえに、ほかに言うことがあるだろが!!


 そう思いながらもわたしはくすくす笑って、『ベトベトベター! 明日会える?』と急いで送った。細かいことも気になることも全部直接聞けばいい。



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