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25.ゴリラの時代◆ネクラ



「さいちゅーん! お昼たべよー!」


 お昼休み、教室にはつらつとしたよく通る声が響く。


 見ると以前薮坂にマンモスと呼ばれていた女子生徒がニコニコしながら手を振っていた。


 驚いたことにそれに返事をして立ち上がったのは西園寺さんだった。


「まなみん、なに食べるの」


「まなみんはやめろよ! 唐揚げ弁当食う! ガハハ」


 楽しげに会話して出て行ってしまう。


 珍しく俺の教室で目の前でパンを食っていた薮坂が目を丸くした。


「西園寺さん……すげーな……最強のSPつけた。もう誰も手出しできねーぞ」


「SP? どう見ても友達だろ、あれ」


「いや、西園寺さんがマンモスと友達になるわけねえじゃん。最近悪い噂流されたりして反・西園寺派が蠢いてるって不穏な噂があったから、ボディガードとして雇ったんだよ。っかー! 金持ちはやることすげえな!」


 薮坂は西園寺さんにもマンモスさんにも、どちらにも失礼なことを言って笑った。


 たしかにすごいとは思う。

 俺が第二図書室に行ってひりあちゃんを待っている間に西園寺さんがいきり立ったマンモスさんに連れられて行ったのを、返り討ちにして泣かせて戻って来たというのは周辺の女子が勝手に話してくれて知ったことだったけれど、そこからさらに関係を進ませるとは、西園寺さんのコミュ力は半端無い。

 いつもは人を寄せ付けないけれど、ここぞというときはやる。さすがだ。やはり、あの人は人類とはすこしちがう。俺とは大違いだ。


 そんな西園寺さんとは席替えで隣になった。


 前のように気まずくもないし、そこまで緊張もしなくなった。

 西園寺さんが小さい声で「隣だね」と片手をぴらぴらさせてみせたので「隣だね」と返した。

 男女間の緊張がなくて、すごく気楽。彼女は好きな相手がいるし、まかりまちがっても俺に理想や期待を寄せたりしない。そもそも俺に興味がないから俺の痛々しい言動を馬鹿にもしてこない。一番緊張する相手だったのに、不思議なものだ。とはいえ天上の人にはちがいない。気軽には話しかけられない。


 現在俺と西園寺さんはべつに仲は悪くない。

 ちょっと誤解があってお互い苦手と思っていただけで、普通のクラスメイトになれた。周囲の中では紆余曲折あるらしいが、とくにない。


 休み時間が終わり、授業前に西園寺さんがメモを見ていた。


「さ、西園寺さん!」


「え、どしたの佐倉君」


「そのメモ、どうしたの?!」


 メモにはリアルな親指を立てたゴリラの柄がプリントされていた。これは、以前ひりあちゃんがメールアドレスを書いてくれたものと一緒だ。


「え、これは……おいしい唐揚げ弁当売ってるお店の情報だよ」


「誰かからもらったの?」


「まなみんに書いてもらったんだけど……どうかした?」


 西園寺さんの言うまなみんはおそらくマンモスさんのことだ。あの子がひりあちゃんじゃないことはわかっている。しゃべりかたも声もぜんぜんちがう。まだ西園寺さんのほうが似てるくらいだ。頭の中がぐるぐる回る。とりあえずメモ帳のでどころをたしかめてみなければ。


「ちなみにそのゴリラ柄、流行ってるの?」


 西園寺さんに聞くとどこか困ったような顔で「流行ると、わたしは思ってるんだけど……」と返された。西園寺さんが言うなら、もう8割がた流行ってる。同じものを持ってる子がウヨウヨいてもおかしくない。


「ちなみに、まなみんさんの苗字は?」


「え、あぁ……早乙女だよ」


「ありがとう」とお礼を言って次の休み時間に教室をでた。


 教室に行くと薮坂がかったるそうに寄ってきた。


「なんだよ総士。なんか用か?」


「早乙女さんを呼んでくれ」


「え、おまっ……おまえが女子を呼ぶなんて初めての上にマンモス?! なにがあった!」


「いいから」


 俺の有無を言わせぬ表情に気付いた薮坂が余計な追求を止して、早乙女さんを呼んでくれた。


 早乙女さんは教室の中央で何人かと笑っていたけれど、薮坂が行くと「マンモスって言うな!」と掌底を食らわせていた。どうやら嫌われているらしい。まぁ薮坂は時代錯誤な感じに差別的なところがあるからしかたない。

 薮坂は「へぶッ」と言って鼻を押さえたが、ヨロヨロと俺を指差し、俺に気付いた早乙女さんがばっと表情を変えて立ち上がる。


「あ、あの……アタシになにか御用でしょうか」


 ひりあちゃん以外の女子と話すのは苦手だし緊張するが、背に腹はかえられない。それに、言うことも決まっていた。


「早乙女さん、リアルなゴリラの柄のメモ帳なんだけど……知ってるかな」


「ん? ああ、はい。リアルなゴリラの柄の……あれ可愛くないっスよねー」


「西園寺さんが持っていたのは、早乙女さんの私物?」


「あれはさいちゅ……西園寺さんのです」


「そう。ほかに持ってる人は?」


 早乙女さんは「さあ、いるかもしれないですけど、アタシの知る限りでは……」と言って首をひねる。


 お礼を言って教室に戻る。

 結局わからなかった。ほかに持ってる人がいないかどうか、もう少し探してみよう。


 これは、大きなヒントになるかもしれない。







 次の日女子の何人かがゴリラのメモ帳を持って俺のところにきた。


「佐倉君、このメモ帳、探してるって?」


「佐倉君、このメモ帳が好きって本当?」


「佐倉君、このメモ帳あげるよ」


 俺の手の中に可愛くないゴリラのメモ帳が山積みになった。たくさんのファンキーなリアルゴリラに見つめられて、辛い。


 やっぱり流行ってるんだ……。

 こんなにみんな持ってるんじゃ探しようがない……。


 席に戻ると西園寺さんが例のメモになにやら文字を書いていた。

 うちの学校は一応建前ではスマホは持ち込み禁止、見つかれば放課後まで即没収なので、見えるところでは小テストの予定や忘れ物などにメモ帳を活用する子は意外と多い。女子はお気に入りのメモ帳を探したりするのも楽しいらしく、男子に比べてもその傾向は顕著だった。


「そのゴリラ、流行ってるね……」


 なにか軽い徒労感を覚えて、思わず西園寺さんに声をかけてしまう。


「え、本当に?」


「みんな持ってる……。あと、前から持ってる人もいたよ」


「そうかぁ、ゴリラの時代、じわじわきてたのかぁ」


 西園寺さんが嬉しそうに言う。


 俺は小さく落胆して席に着いた。

 ヒントを見つけたと思ったのに。





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