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24.オムライス山没収◇ヒリア


 嫌っていたはずの佐倉君を捕まえて半べそで慰められているところを人に見られたわたしは、一躍悪女となった。


 周りはわけがわからないから勝手に憶測をめぐらせる。


 そもそも嫌いと言ったのが佐倉君を翻弄するための嘘であるとか、みんなに隠れてこっそり付き合っていたのをわたしが浮気して、それがバレて泣いて縋っていたとか。漏れ聞こえてくるどのシナリオもわたしが悪者なものだった。この手の噂は創作するのが女の子なので、どうしてもそうなりがちだ。


 でもきっとそれだけじゃない。

 佐倉君は高潔な感じがまえからある。わたしはまえから彼氏五十人とか言われていた。


 この人相がきっとみんな悪いんだ。

 彼氏五十人とか、もてあそぶとか、全部悪い女のそれじゃないか。そういえばうちの姉も美人だとかミステリアスな可愛いさとかは言われているが、清純派と言われていたことは一度もなかったな、と思う。姉はアイドル的な野暮ったさや隙がないのだ。


「西園寺さん、噂聞きました」


 お昼休み、珍しく河合さんが声をかけてくる。


「私達は出所とは無関係です」


「あ、はァ」


 彼女はそれだけ言って、どこかへ行ってしまった。入れ替わるように入り口に人影が現れた。


「西園寺ィー! ちょっとツラかしなァー!」


 やけに勇ましい雄叫びが聞こえて、そちらを見ると他クラスの体の大きな女子が腕組みしてひとり立っていた。近くに行くと肩をガッチリ組まれて非常階段へと連れ出された。女子なのになにか、ヨタ者感が強い。


 扉の外はいい天気だったけれど、わたしはヨタ者に絡まれていた。


 向かいあって顔を見て気付く。

 この子、見たことある。なんとなくネクラ君のイメージを探して他クラスをじろじろ見ていたとき、教室の中央でいつもみんなを笑わせていた子だ。体も大きいし、インパクトがあるのでまちがえようがない。しかし、なんの用かはわからない。


「西園寺、誰もアンタに言えないみたいだからアタシが言いに来たよ……」


 女子生徒は言いながら指をポキポキと鳴らして凄んでみせる。


「え、と……なにをでしょうか?」


「佐倉君のことだよォ。不穏な噂をちょいと耳に挟んでねェ」


 あぁん? とでも言いそうな顔で顎をしゃくられる。


「ま、まさか、付き合いたい派閥の、愛・連合会の過激派?」


 ついに来たかと思って身構えるとジロリと睨まれる。


「アタシはハナから付き合えるなんて思っちゃいないよォ……ただ、彼の幸せを祈るのみさ……それが! キサマどういうことだァ?!」


「どういうことって、言われましても……」


 だいぶいきり立っているけれど、説明してわかってくれるタイプの子なんだろうか。


「佐倉君を傷つけるやつはこのマンモスが容赦しないよ! 大人しく手を引きな!」


 またポキポキしてる。骨に悪そう。

 しかし、いつ殴られるかとビクビクしていたのに、恫喝するばかりでちっともアクションに入らないので気が抜けてきた。


 それにしてもマンモス……たしかに身体は大きいけど。


「そのあだ名、自分ででつけたの?」


「は? どうでもいいだろが!」


 わたしの中学の友達もゴリアテとかぽちょむきんとか、変なあだ名はたくさんいたけど、みんなで楽しく決めたあだ名で、本人も気に入っていたし、似合っていた。この子の場合、しっくりこない。


「あの……名前、なんていうの?」


「は……?」


「え、聞いちゃまずかった? べつに言いつけるつもりとかではないんだけど、なんとなく」


「フン、隠したりしないし。チクりたきゃチクリな。早乙女さおとめ愛美まなみ……」


 まなみん。

 個人的にびしっとハマるあだ名が浮かんだが、この状況で言い出せるほど神経が太くない。


「アンタ今、似合わないって思っただろ!」


「え、思ってないよ。名前似合わないなんて、わたしのほうがよっぽどそうだし」


「はぁーッ?! そんなアホみたいな派手な名前に負けてないの全校で探してもアンタくらいのもんなんですけど? バカなのか? バカにしてんのか?」


 とっさに言い返したそれが口が悪いだけでどことなくフォローになってしまっている。人の良さみたいなものが滲んでいて、隠せていない。ちょっと笑いそうになった。


「いやあの、わたしはオムライス山やかんとか……」


「ダッサー! ダサダサー! 全然似合ってないわ、オムライス山とかアタシじゃん! はい没収ー! オムライス山没収ー!」


 なにこの人。この状況でも、ついエンターティナーであろうとしてしまう芸人気質を感じる。傷つける為の攻めかたとしてはど下手くそだけど、言葉の出しかたがリズム良くて、妙に楽しい気持ちになる。なんだろうこの子のこの感じ、どこかで。


 そのときふっと気づいた。


 この子、ぽちょむきんにちょっと似てるんだ。


 わたしの友達はだいたい幼稚園から同じだったけれど、ぽちょむきんだけは中学からの編入組だった。少し離れた地方の共学から来た彼女はほんの一部の男子によって傷つけられていて、出会った頃は手負いの獣のようだったし、中でもわたしに一等強い敵意を向けていた。


 ぽちょむきんは身体も大きかったし、ぱっと見はさばけていて気が強そうだったけれど、実は仲間内で一番女の子らしい子だった。部屋もピンクだらけだったし、彼女の好きな漫画や映画は乙女チックでロマンチックなものばかりだった。


 雰囲気とかちょっと似てるから妙に懐かしい気持ちになってしまう。


「早乙女さん、わたしの大好きな友達とちょっと似てる……」


「は?」


「うん、あのね、ぽちょむきんは中学のときの友達なんだ。早乙女さんより体が大きくて、でも優しい子だった」


 早乙女さんが不審げな目でわたしを見ている。


「体が大きいから一部の男子にオトコオンナとかレスラーとか言われて小学校時代はずっと泣いてたんだって。でもそれより嫌だったのはそれを見て笑ってる女子の存在だったって、言ってた……」


 早乙女さんが明らかに眉根をよせて、嫌な顔をした。下唇を小さく噛んで、さっきまでの少し作ったような顔じゃなくて、本気で嫌そうな顔。


「ぽちょは仲良くなって、本当に可愛く笑うようになって、明るくなったけど、もしかしてそのまま同じような人たちがいる共学に進学してたら、早乙女さんみたいになってたかもなぁって」


「どういう意味だよ……」


 わたし、突然訳わかんないこと言い出してるのにちゃんと聞いてくれてる。やっぱりいい子だ。というか、そもそも意地悪な人の空気感じゃないんだよな、このひと。


「早乙女さんは教室で、いつもみんなを笑わせて、人気者だよね……自分でつけたんじゃないあだ名を堂々と名乗ったりして……」


 自ら笑いを取りに行けば、笑われるのよりはダメージが少ない。早乙女さんはいつも楽しそうで、友達に囲まれていると思っていたけれど、実際に話してみたら、なんだかキャラを作っているような感じが否めない。やり過ぎ感が強すぎる。きっと周りの望むキャラクターを演じているんだろう。


「でも、ぽちょはそれが嫌だったんだよ……嫌いな男子のつけたあだ名なんて絶対嫌だったって言ってたの……すごく、すごく思い出す」


「アタシをそんな弱っちいやつと一緒にすんな!」


「ぽちょは弱くないよ! 笑われてもちゃんと自分のなりたい女の子でいようとしてた。早乙女さんよりずっと強い」


 断片だらけで、説明不足な言葉を思うままにぶつけてしまった。なにをどうしたかったわけでもないけれど、わたしは友達と似たこの子を見てすごく悲しくなってしまったのだ。きっと無理をしている部分はたくさんある。


 ぽちょからたくさん聞いた、悲しかったこと、苦しかったことを全部受け止めて自分を笑わせているこの子が、ひどく痛々しく見えた。


 早乙女さんがずっと黙っているので顔を上げる。


 彼女は、ふー、ふー、っと静かに息を吐いて泣いていた。驚いて目を見開くとキッと睨まれた。


「ア、アンタなんかになにがわがんだよぉ! アンタみたいな! なんの悩みもないやつに!」


「そりゃ、早乙女さんの気持ちはわかんないけど。でも、わたしだってべつの悩みとかたくさんあるし、それは早乙女さんにはわかんないじゃん」


「ふざけんな! アンタみたいなやつに悩みとかない! あるはずない!」


「あるよ! 彼氏五十人とかありもしないこと言われたり、クラスメイトに敬語使われて遠巻きにされて、友達全然できなかったり! でもわたしはだからってみんなが望むキャラなんて絶対やってやらないもん」


「う、うぅ……」


「早乙女さんはいつも友達に囲まれてるからわからないだろうけど、ひとりで食べるお昼ってあまり美味しくないんだよ」


「……っ、」


「早乙女さんは全校掃除の時間にどこ行っても手伝わせてもらえなくて、サボってると思われて先生に注意されたことだってないよね。これ、悪意じゃないだけでハブられてるのと変わらないし」


「う、うぅ……」


「佐倉君をもてあそんだって、早乙女さんは誰に聞いたの? 本人から聞いたの? みんなが好き勝手に言ってるだけだよね? わたしは……」


「バカヤロー! こっちはアンタみたいなのの、そんなん知りたくねーんだよ!!」


 早乙女さんはますます泣いた。

 そんなに泣くようなことを言っただろうか。

 不思議に思ったけれど、顔を見てなんとなくわかった。


 彼女はわたしよりずっと優しくて繊細なのだろう。どこか、ぽちょやわたしのことにまで泣いているような感じだった。平たく言うと、泣き虫。


 泣き止むのを待っているうちにチャイムが鳴った。


 早乙女さんがなかなか泣き止まないから、そのまま手を引いて一緒に廊下に戻ると、少し離れたところで固唾を飲んで見ていたような生徒たちが、目を丸くした。


 それはそうだろう。


 呼ばれたわたし、出てきた時には締め上げると息巻いていたほうが泣いている。


 これは、またいらぬ誤解をされそうだ。





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