22.大好き◇ヒリア
事件が起こった。
夏休み明け少し前からネクラ君と急に連絡がとれなくなったのだ。
今まで返ってきたメールが急にまったく返ってこなくなった。
最後のやりとりは、納豆星人の話だった。
その日は中学の友達と遊んで、帰りにちょっとお高い納豆を買った。食べてあまりに美味しかったので夜にメールして、彼もちょうど暇な時間だったのか、短いやり取りの往復となった。
わたしが書いた納豆星人の『ナットゥー! ナットゥー!』の鳴き声に対して彼は鳴き声は『ネバネバー』はどうだろうと提案してきて、わたしはそれに対して『ネバネバフンバッバ』と送った。それが最後だった。
最初は寝てしまったのかなと思って自分も寝た。そこまで返答が必要なメールでもない。
しかし、その後始業式が近付いて第二図書室の待ち合わせ連絡を改めて送ってみても、返事はなかった。
『ネバネバフンバッバ』
自分の送った最後のメールをじっと見つめる。こうして見るとくだらなすぎるし、明らかに浮かれすぎている。何がそんなに楽しいのだと、ぶっ叩きたくなる。返答に困ったのだろうか。しかしながら馬鹿げていればいるほど、無視されるのは無駄に悲しい。
しかし、これで嫌われたとは思いたくないし、そんな人でもない気がした。
なにかあったんじゃないだろうか。こんなとき、正体を知らないと不安しかない。
家でひとりでパニックをおこして学校に行ったので、始業式の点呼、数少ない学級委員のまともな仕事もろくにできなかった。
ぼんやりしていたら佐倉君が全部すませていたので、またわたしは仕事をしない偉そうな人になってしまった。
式が終わって、しばらく机で呆然としていたけれど、第二図書室に行ってみた。
誰もいない。人の気配がないのはわかっているのに小さく「ネクラ君」と呼んだ。呼んだらよけいに悲しくなった。
こんなとき、わたしには相談できる友達も学校にいない。
扉を出る。焦りばかりが募って無駄に早足になっていた。
とりあえず、なにか不幸なことがあった線を消したい。そう思ったわたしは、職員室に行って、増田先生に二年生か三年生で、お休みの人はいないか確認した。皆健康的なことに特にいないということだった。
ということは、彼は今も変わらず学校に来ていることになる。
やむにやまれぬ事情とか、事故とか病気とかそういうので連絡がとれなくなったわけではない。そのことはわたしを安心させたし、同時に、じゃあなぜ、という疑問を生んだ。
最後のやりとりを何度も頭で反芻する。
何度思い返しても、アホでくだらなくて、こんなことを真面目に反芻していることが情けなくなる内容だった。
教室のほうに戻ると、ちょうど佐倉君が女の子達に挨拶をして鞄を持ってひとり、早足で出てきたところだった。
ふっと夏休みのことを思い出した。そうだ。彼にはわたしが片思いしていることを言っていた。
通りすぎそうな瞬間に袖を掴んで窓際に引っ張った。
「さ、佐倉君!」
「っえ、わ、西園寺さん、どうしたの」
佐倉君は返事はしてくれたけれど、外で遭遇したときと比べると表情も声も硬かった。
なんとなく、自分が思っていたより向こうは親しく思っていない距離感を感じて臆するけれど話しかけた手前、小声で続きをしゃべる。
「す、好きな人と、連絡とれなくなっちゃったの」
「えっと……どういうこと?」
「詳しくは言えないんだけど……電話通じないっていうか、連絡返ってこないの」
佐倉君は少し考えて、思いついたように言う。
「海外行ってるんじゃないかな? 連絡しそびれて……」
「か、海外に?!」
「うん、急に仕事が入ったりして……」
「高校生だよ?!」
「え? 高校生って……あの高校生?」
どうやら佐倉君の頭の中でわたしの好きな人は大人設定らしい。というか、海外でも連絡はできるような気がする。
くだらないことに齟齬を感じて遠い目をして呆けていると、佐倉君が首を捻って言う。
「大丈夫。また時間を置いてかけてみれば……案外繋がるかも」
普通の知り合いなら、学校やクラスや電話番号、家や、メッセージアプリ、SNSの類いなど、色んな連絡のとりかたがある。ネクラ君とはメールアドレスしか交換していない。わたしと彼の関わりがいかに脆いものかを表明するようで、わざわざ説明する気にはなれなかった。
わたしなら、それは仕方ないよ、そんなに仲良くないもん、て思ってしまいそう。
「こんなことなら……」
涙がぐいぐい上にあがってきて、続きをしゃべれなくなった。
佐倉君が泣かしたみたいに見えるかも。泣き止まなくてはと考えることで逆に冷静になった。
「ごめん、大丈夫」と言う。佐倉君は何も言わず、少し困った顔で動かなかった。
深呼吸してお礼を言って目をこすり、教室に戻った。
さっき思ったこと。
こんなことなら、気持ちを伝えておけばよかった。
そうだ。今からでも遅くない。
メッセージを残そう。
第二図書室は相変わらず誰も来ている様子はない。表向きは図書委員がたまにつかうということだったけれど、実情はまるで来ないし、モノが多くてカビくさいのでカップルの密会にも使われない。なにか置いてあってもネクラ君以外の誰も見やしないだろう。
メモじゃ、小さすぎて気付かないかもしれないから、もう少し大きなメッセージを作ろうと思った。
そう思ったとき、ひらめいた。わたしはその思いつきを実行するため、急いで家に帰った。
クッキーを焼くことにしたのだ。わたしはネクラ君に焼きそばパンもおにぎりももらっていたのに、なにも返していなかった。
幸いうちにはアルファベットの型がある。
『DAISUKI』と型を抜いて、焼き上げる。
中学のときに仲間内で少し流行ったのだ。
それぞれのあだ名を字にしたり『NINJIN』『OKOME』とか『TO BE CONTINUED』とかふざけた文字を綴る遊びだった。
久しぶりだから上手くできるか不安だったけれど、やってみれば意外と要領を思い出せて、ちゃんと作れた。
焼き上げたそれを一文字ずつ透明な小袋に入れて学校に持って行った。教室に行く前に第二図書室に行って、本棚の奥のエリアに入る。
床に直置きするのに抵抗があったので色画用紙を敷き、クッキーの袋をせっせと配置してみる。
並べてみると意外と小さくて、気付いてもらえるか不安になった。
思いついたときは可愛い告白になるんじゃないかと、すごく良いアイデアに思えたけれど、これなら普通にサインペンで画用紙にデカデカと書けばよかったかもしれない。
いや、せっかく焼いてきたんだし、これでいこう。
何度か見直して、部屋を出た。
放課後になって、増田先生が学級委員を探していたというのを漏れ聞いて、急いで逃げるように第二図書室に行った。佐倉君をイケニエにして。ごめん。
かくして、そこに並べておいたメッセージはなくなっていた。
誰か来た。きっと休み時間にネクラ君が来たんだ。
そう思ったら顔が熱くなった。
わたしの告白、気付いてくれたかな。
どうしよう、言っちゃった。
どう思ったかな。
色んな思いが胸を駆け巡り、ドキドキした。
しばらくは妙に浮かれていたけれど、やがて日が経つほどに冷静になっていく。
ネクラ君からの応答は依然ずっとなかった。
増田先生は相変わらず人使いが荒くて、中でも学級委員は完全なるイケニエだった。何回かは佐倉君が捕まったのを見て危機感を感じて逃げきり、なんとか第二図書室に行ったけれど、やはりいない。あまり毎回逃げるのも佐倉君に悪い。
そのうちに、反応がないことを確認する為だけに第二図書室に行くのが悲しくなって、回数は減った。
ネクラ君には会えないままだった。




