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18.夏の逢瀬◆ネクラ



 明け方近くに蒸し暑さで目を覚ます。

 エアコンはタイマーで切れるので、夏の朝のむわっとした暑さにもうやられて、とても寝続けてはいられない。


 ボロい家の汚い洗面台で顔を洗って歯を磨く。


 部屋に戻って寝巻きのジャージから着替えて今日はバイトないし店の手伝いして……勉強して……いつもと変わらぬつまらぬ予定を頭で反復していると、机の上に置いてあったスマホが震えた。


 どうせ薮坂あたりが最近観たエロ動画の感想でも送りつけてきたんだろうと適当に指を滑らす。


 そこには大天使ひりあちゃんからのメールがあった。


 件名は『夏休み、遊ぼう!』


 脳天をかち割られるような衝撃で一気に目が覚めた。衝撃で腰が抜けて尻餅をつく。尻の下にあったビニールでさらに滑って背中にあったゴミ箱にぶつかる。スコンと音がしてゴミ箱が倒れゴミが辺りに散らばった。


 ゴミの中倒れながら、俺はスマホを持った手を高々と掲げて読んだ。


『金曜日、会えないかな』で始まるそのメールに、即答で是の返事をした。ひりあちゃんからのお誘いを断るなんて選択肢は無い。ゲームならみっつくらい選択肢が出てもすべて内容が同じだろう。


 そうじゃなくても夏休みど真ん中のこの時期、クソ暑くてバイトの疲れも溜まってきているこの頃に、好きな女の子の声が聞けるなんて、生きてて良かったどころの騒ぎじゃない。


 ひりあちゃんに、会える!


 むくりと半身を起こしてゴミをゴミ箱に戻す手も軽やかだ。


 あれ?


 冷静に考えたら、顔を合わすということになる、のだろうか。


 ずっとはぐらかしてきたけれど、お互い正体を明かす時がきたということだろうか。


 俺は勢いよく立ち上がって、膝で再びゴミ箱を倒した。そのまま階段を降りて母親に叫ぶ。


「母さん! 俺今日、店手伝えない!」


「あらどうしたの」


「ちょっと急用が! 親の敵討つレベルの急用が」


「まだ生きてるから敵はうたなくていいわよ」


「とりあえず、今日出かける。バイトも休みだし、今日しかないから」


「珍しいね。伊織いおりが今日は暇らしいからお店は大丈夫。あなたもたまには羽伸ばしてきなさい」


「あ、兄ちゃんが暇なんて珍しいね」


「あの子いっつも女の子とデートばかりしてるからねぇ……。総士は? あなたも可愛い顔してるのに……彼女とかいないの? あ、ほら西園寺さんとか!」


「母さん……西園寺さんが俺なんか相手にするわけないだろ」


「え、あの子、総士にいいと思うけどなあ」


「なに見て言ってるの。釣り合いがとれてないだろ。あの人はすごい……とてもすごい人なんだからな!」


「私にはあなたのほうが何か色眼鏡被せてるように見えるけどねえ……朝ごはん食べてくでしょう」


 頷いてご飯をよそう。冷蔵庫から納豆を出すと母親が朝ごはん用の茄子のお味噌汁と、大葉と鰹節の入った玉子焼きをテーブルにのせてくれた。店で飯を作るのは父だけれど、家の飯は母が作る。


「私も、もうお店行くけど、お昼はどうするの?」


「おにぎり握ってく」


 外で食べるとお金がもったいない。学校がある時は親も俺も時間がないので菓子パンですますことが多いが、今日は作る時間くらいはある。

 

 朝食をとったあと急いで簡素な弁当を作成し、皿を洗って外に出た。とりあえず、待ち合わせの駅に行ってみよう。


 ひりあちゃんの指定してきたのはずいぶん寂れた駅だった。

 周辺にもっと大きな楽しい駅はたくさんあるのに。なにか意味があるんだろうか。降り立ってその、のどかさというか、賑わってなさに拍子抜けした。


 今日も暑い。立っているだけで脳天から汗がふきだす。


 俺は久しぶりに脳内の藁子ちゃんを呼び出した。


 藁子ちゃん、藁子ちゃん、俺、金曜女の子とデートなんだ。どこに行けばいいかな。


『女の子はー、まちがいなくパフェが好きー!』


 でも、ひりあちゃんの好きなのは納豆と牛丼なんだよ?


 その質問には藁子ちゃんは答えず、カサッと音を立てて顔を隠した。そして新たに叫ぶ。


『女の子はー、歩かされるのがきらいー!』


 え、でも俺には車もないし、歩くしかないよ。距離の問題かな? 何キロくらいまでなら歩いて平気なのかな? 10キロは、歩かせすぎかな? 9キロ未満で設定すればいいかな?


『ぶっぶー! 正解は7.5キロまででーす!』


 藁子ちゃんは自信満々だ。自分の心の化身でありながら、よくわからない。でも7.5キロということにしておこう。


『検索検索ー! デートスポットはー検索がきほんー』


 でも、なにを調べればいいの?


『相手の好きなものを、リサーチー! 好きなものが食べれたり、遊べたりするところに連れて行ってくれるひとに、女の子はめろりーん!』


 そ、そうか。ひりあちゃんの好きなものを俺は知っている……! 好きなものが食べられるお店にスマートに連れて行けば好感度うなぎ登りはまちがいなし。


 入念に調べると近くに納豆パフェなるものを出してる店があった。これだ! 女の子らしく、かつ、好物にも即している。これしかない!


 勢い込んでそのお店に行ってみると既につぶれていた。


 そうだろうな……。


 藁子ちゃん、俺、自信ない……。

 歩行を7.5キロ以内で収めて、このへんぴな駅周辺で楽しい場所に連れて行く自信、ない。


『あきらめちゃダメー! 楽しくなければムードのある場所だよー!』


 わ、わかったよ。でも、ムードのある場所なんて、そもそもアミューズメントスポットがこの駅にはまるでないんだよ。


『よーく探してー! きっとあるから!』


 あ、駅の裏側にラブホテルがたくさんあるみたいだよ。 ムード! あるのかな?!


『そんなとこ誘ったら口もきいてもらえなくなるぞ、ゴミ虫め』


 藁子ちゃんがもはやほとんど俺の声と口調で即座に否定した。わかってる。わかってるよ。ていうか、俺が誘えるはずもないじゃないか。ラブホどころかコンビニにだって誘えないのに。


 検索してもろくな情報がないから地図を拡大縮小させまくって念入りに探す。


 範囲を広くして調べながら歩いていたら、駅からギリギリ7.5キロ以内で行けるところに広めの公園があった。中に入ると遊具もほとんどなく、緑が多め。子供の多い公園ではない。しっとりとした落ち着いた雰囲気。


 これはいいかもしれない。


 念のため検索してみるとハッテン場としてよくつかわれてる公園だった。駄目。駄目に決まっている。お互い邪魔になる。


 藁子ちゃん、どうしよう。

 蝉のぬけがら集めごっこくらいしか浮かばない。


 藁子ちゃんがカサカサクルリと回転して言う。


『こまったときはー』


 こ、こまったときは?


 藁子ちゃんはパソコンの考え中表示みたいにしばらくクルクルと回っていたが、やにわに声をだす。


『ドトールー!』


 ドトール? わかった。女の子はそこが好きなんだね。……好きなんだよね?


 藁子ちゃんがカサカサ揺れながら『ドトール』『ドトール』しか言わなくなったので、それ以上の探索は諦めた。


 最後にひりあちゃんが書いてきた待ち合わせ場所を確認しに行った。当日迷うとよくないし。


 待ち合わせ場所は、駅近くにある公園。


 ─────その、遊具の中。




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