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17.夏休みの不運◆ネクラ


 西園寺さんが『お食事 さくら』とデカデカプリントされているハイエースに乗って少し離れた我が家へ向かったあと、しばらく店を手伝っていたけれど、お昼時を過ぎるとだいぶお客さんが減った。


 西園寺さんが母親と店に戻ってきたのを見て、思わず目を剥いた。俺が中学の時着ていたジャージ姿だったからだ。胸に佐倉と刺繍されているそれはボロボロで、色も褪せている。ところどころケバだっている。


「か、母さん!!」


「なあに? あ、これ? もうあなた着れないでしょう。ゆりあちゃんの服は肩口から破れてるし、今日はこれ着て帰ってもらうことにしたの」


 目の前が暗くなった。


「西園寺さんになんてものを着せてんだよ……」


 この人たしか父親が有名お洒落ブランドの会社の重役とかなんとか。それが……こんなゴミみたいな布切れを身に纏わせて……ファッションの神に呪われてもおかしくない。


「え、あんたもう着れないでしょ」


「そういう問題じゃなくて!」


「佐倉君ごめんね。ちゃんとクリーニングして返すから」


 西園寺さんがなぜかぺこぺこ謝ってくるので、それ以上の追求はやめた。


「足はどうなの?」


 彼女のふくらはぎには大きな絆創膏と、足首には包帯が巻かれていた。


 西園寺さんに聞いた質問に母親が答える。


「擦り傷が少しと、あとはねんざだと思うけど、だいぶ腫れてるの。ゆりあちゃん、湿布しただけだから後で一応病院行きなね」


 母親が戻って来たので、俺は一旦その場を抜けて、標識に繋いでいたリヤカーを回収してバイト先に行った。幸いなことに朝入れてた分の豆腐は全部売れていた。簡単に事情を話してその日はあがらせてもらい、また店に戻った。


 店に戻ると西園寺さんがサバ味噌定食を食べているところだった。あぁ、サバ味噌かあ、とぼんやり思ってまた目を見張る。


 ん?! 西園寺さんが、サバ味噌?!


 なぜ、ティラミスとか出さなかった! 思わず母親のところに文句を言いにいく。


「なんで西園寺さんにサバ味噌なんて食べさせてんだよ」


「あら、ゆりあちゃんが選んだのよ」


 西園寺さんが頷き「とても美味しいです」と、すごく可愛い顔で笑ってみせる。もちろん俺にではなく、作った親父と世話した母親に対してだが。


 西園寺さんは食べるのは遅かったけれど、ものすごく美味しそうに食べる。付け合わせのイカとキュウリの酢の物とかも、ひとくちひとくち大事に味わって食べている感じがする。これは作ったほうも相当嬉しい客。ほかのお客さんもいなかったので親父もカウンターの奥で頬杖なんてついて嬉しそうに見ていた。


 どさくさ紛れに「西園寺さん、これも食べなよ」とか言って、かぼちゃサラダとか、追加でだしてきた。


 うわ、女の子はそんなに食べないだろ。ダイエットとか。カロリーコントロールとか……ていうか、こんなオンボロの店のかぼちゃサラダとか……軽く引いていると彼女が小さいけれどはっきりした声で「いただきます」と言ってそれもぱくぱく食べる。


 その顔はやっぱりどう見ても幸せそうに味わっていて、俺は俺の中の女の子像及び西園寺さん像が若干現実と乖離していることを知った。


 西園寺さんはだされたものをすごく綺麗に全部食べきって、お茶も全部飲んで「ごちそうさまでした」と言ってふう、と息を吐いた。


「ゆりあちゃん、送ってくね」


 母親が壁にかかった車のキーを手に取ったとき、お客さんがドヤドヤと入ってきた。


「全員座れるー?」


「あ、いま椅子動かしますね」


「俺がやる」


 狭い店内でなんとか人数分の場所を調整して、西園寺さんを見ると立ち上がって母親の前で頭を下げていた。


「ごちそうさまです。わたし足もう結構平気っぽいんで、大丈夫です! ありがとうございました」


 彼女がお客さんのほうをちらりと見ながら言うので、この店を両親だけで切り盛りしていることをなんとなく察したのだろう。


「あ、じゃあせめて総士、送って行きなさい」


「え、でも佐倉君も忙しい……」


 断られそうなところ、母親が「遠慮しないで! 今日はひとりで帰っちゃダメだから!」と言って、ふたりで店を出た。


「ありがとう。ほんとはちょっと、ひとりで帰るの嫌だった」


「家まで送って行くから」


「ありがとう。でも、家は駅からすぐだから。こっちの駅までで大丈夫」


 心配ではあったけれど、そう言われると、食い下がるのも女の子の家について行きたい変質者みたいで「わかった」と言うしかなかった。


 とりあえず湿布を貼っただけということだったけれど、手当てしたことで落ち着いたのか、西園寺さんは反対の足を軸にして、ゆっくりと歩けるようだった。


 夏の午後の陽射しは強く、まばらに影になっている緑の下を選んで歩く。蝉の声が煩かった。


 しばらく行ったところで西園寺さんがほんの小さく振り返って俺を見た。


「あの……“佐倉総士を見守る会”の方達に、言ったことだけど……」


「ごブゥ」


 思わずむせた。

 な、なんだそれ。その猟奇的にダサい名前の会。色々聞きたかったが、目を白黒させているうちに、なぜか知ってるものとしてそのまま続けられる。


「色々誤解があって……何故かわたしに彼氏たくさんいるとか、佐倉君とこっそり会ってるとか、そんなこと言うから……」


「あ、なんか噂になってたのか。それは、知らなかったとはいえ迷惑をかけた」


 西園寺さんともあろう人が俺なんぞと噂になるなんて気の毒すぎるし、なんなら俺のほうで西園寺さんは俺など視界に入れぬほど嫌っていると言い回ってもいい。


「わたし、佐倉君のこと、嫌いじゃないよ……」


 西園寺さんがボソッと言う。

 心臓がばくんと跳ねた。


 だからと言って好きでもないだろうというのはわかるので、とりあえず「うん」としか返せなかった。


「あれ、さっき……彼氏五十人いるって、本当じゃないの?」


「ひとりもいないよ」


「え、えぇ!」


 驚くと、西園寺さんは恥ずかしそうにした。

 どうも彼氏がいないことを恥ずかしがっているようで、慌てたように弁解めいた口調で言う。


「でも、最近気になる人が……ううん、好きな人はいるんだ。片思いだけど」


 ミステリー感もなにもなく、ペロリと恋愛事情を打ち明けられて、拍子抜けした。


「西園寺さんに好かれるやつ、どんなやつ?」


 西園寺さんが意外と普通で、なんだか妙に話しやすかったのでつい、すんなり聞いてしまった。


 彼女は聞かれて顔を浮かべたのか「えっ」と言って両手を頰に当てて染めた。


 わあ……好きなんだな。


 彼女にこんな顔をされる相手は幸せだと思う。


「面白くて、優しくて……あと、あと」


 西園寺さんがニヤつきながら指折りしてる。激レア。


 なんかたぶん仕事のできる大人のエリート。

 IT企業の社長で日本と海外を飛び回っている。見た人がバタバタ倒れるレベルのイケメンでハリウッド映画にも出てる。テストで百点以外とったことがないくらい賢い。話が上手くて聞いているとみんな笑いが止まらないし人が集まってくる。優しくて大金持ち。各国から求婚者殺到。俺の知らない世界のハイパーイケメンの話だ。色々聞いてみたかったけれど、それも失礼な気がしてやめた。


 その代わりなんとなく、自分のことを思い出して言いたくなった。


「俺も……実は片思いしてて」


「え、片思い?」


 ものすごくきょとんとした顔で意外な声を出される。


「佐倉君なら、さっさと言えばいいのに……断られたりしないでしょ」


「そんなことないよ。色々微妙な関係だから、壊したくないのもあって……」


「なんかすごいね。難しいんだね。やっぱり身分違いのお姫様だったりするの?」


「いや……」


 だいぶ見当違いな方向で想像されている気がした。


 しかし、薮坂ぐらいにしか言っていなかった俺の初恋話を、まさかこの人にすることになるとは思わなかった。割と会話できている。


 俺もひりあちゃんとたくさんしゃべったから、女の子にも少し慣れて来たのかもしれない。この調子で、ほかの女子に対しても普通の人間らしく振る舞えるようになれれば、少しは楽に生きれるようになるだろうと思う。


 それに、自分も向こうも好きな人がいることがわかると、変な誤解で嫌がられることもないから男女ならではの妙な警戒心も和らぐ。それで余計に話しやすくなった。


「佐倉君は、告白しないの?」


「え、まだ無理だな。西園寺さんは?」


「最近、言いたい気もする……」


「そっか。きっと上手くいくよ。頑張ってね」


 西園寺さんなら砕けることもなさそうだし、ものすごく無責任に背中を押した。

 ていうか今気付いたけど、西園寺さん、ひりあちゃんと声がちょっと似てる。ひりあちゃんのほうがもう少し高くて明るい感じだけれど同類系の声質だと思う。

 西園寺さんとはマトモに会話したこともなかったし、話し声をちゃんと聞いたこともろくになかったから気付かなかった。大発見。だから話しやすいのかも。


「佐倉君も……」


「え」


「佐倉君も、頑張って」


「うん。ありがとう」


 思わぬことでなんかちょっと、西園寺さんと友達っぽくなってしまった。


 彼女とは境遇も少し似ているし、思ったより話しやすい。それに、ひりあちゃんとは話せない“好きな人の話”ができたのがちょっと新鮮で楽しかった。





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