15.【第二図書室】終業式◆ネクラ
今日は終業式。
結構前から、式の後に第二図書室でひりあちゃんと会う約束していた。朝っぱらからウキウキがとまらない。
朝から上機嫌で教室に入ると西園寺さんもご機嫌だった。
増田先生と話しているその声がいつもよりワントーン高くて、表情も生き生きしている。これは、明らかに夏休みを喜んでいるんだろう。
西園寺さんといえば、最近また美しさに磨きがかかったと評判だった。
もともと氷の姫と言われるだけあって、可愛いのにミステリアスな印象だった彼女は、最近ほんのわずか表情が出てきたと評判だった。鉢合わせて挨拶して、うっかり愛想笑いなんてされた男子生徒は後で悶絶して、トイレットペーパーをむしゃむしゃ食べていたという話だ。
お昼休みに頬を薔薇色に染めて、どこかへ消えるという噂もある。薔薇色とかいうと、俺はちょっとものすごい色の頬を想像してしまうが、西園寺さんの頬には薔薇色という表現がよく似合う。ちなみに、お昼休みには隠れてこっそり彼氏と電話してる説が濃厚らしい。
西園寺さんに好かれる男というのが、まったく想像できない。学校のやつらは微笑みかけられるだけで無機物を食いだすありさまだし、彼女は誰のことも好きにはならないような神聖さもあった。そのくせその微笑みには小悪魔感もある。本当に恐ろしい方だ。
それでもほんの少しとっつきやすくなったせいなのか、この間は一年生の男子に声をかけられているところに遭遇した。見るともなく見ていると、ものすごいことがおこった。
男子生徒がなにを言ったかまでは聞こえなかったが、二言、三言、他愛ない顔で何か言った。
それを受けた彼女が困った形に眉をほんのちょっとひそめただけで、近くにひそんでいた男子生徒がドヤドヤでてきて廊下の奥にすーっと引き戻されていったのだ。まるでカンダタの後に続こうとする地獄の亡者たちのようだった。
すごいものを見た。
男子生徒の消えた方向を覗きに行くと「田中! このアホ!」「この身の程知らずが!」などと袋叩きにあっていた。恐ろしい。
俺の知らない本当のモテの世界がそこにある気がした。
俺は相変わらず女の子は周りにいるが、いつまで経ってもモテない男の心を保有していた。
女子に囲まれている時も、自分でも「コイツつまらないなぁ〜」と思うような返答しかできていないし、いまだに顔も正面からは見れない。チラ見して名前と一致させるのも至難の技だ。
結論。西園寺さんはマジモンのモテるひと。
俺とは住む世界がちがう。
*
「ついにこの日がきてしまったー」
終業式のあと。第二図書室。
ひりあちゃんがこの世の終わりのごとく嘆いている。
「ネクラ君、夏休み明けてもわたしのこと覚えていてね!」
「うん」
「たまにメールしてもいい?」
「うん」
「あー……あー……さみしいなー」
毎日会っていたわけじゃないし、会っても俺のほうはそんなに面白おかしい話術で楽しませていたわけではない。断じてない。
むしろ、わざわざ会ってるのに退屈させてるな、とか、うまく広げられなかった、みたいな不発の会話はたくさんあり、寒いことを言ったとかキモいことを言ったとか、後悔や反省ばかりは大量にあった。
ぶっちゃけ俺のほうは、ひりあちゃんが反対側にいるこの空間で五時間ほど黙って座っているだけでもおかしな脳内物質が放出されまくりホンワカと幸せで楽しい気持ちになれるので、内容はわりとどうでもいい。
どうでもいいのに、ひりあちゃんは可笑しくて可愛いことを乱発してくるので俺のほうはこんなに楽しい時間がこの世にあったのかと思うくらいとても幸せにしてもらっていた。
もしかして、この子誰かに雇われてるんじゃ、と思わず疑いたくなる。
誰に。
未来の俺だ。
彼女いない歴六十五年に至ったその日、後悔ばかりだった高校時代に楽しいことをさせてやろうと、タイムマシンであるデロリアンに乗ってこの時代に降り立ち、ひりあちゃんに依頼に……。
そこまで考えたところでひりあちゃんの声で我に帰る。
「ネクラ君の、好きなタイプの女の子は?」
「えっ、なにが」
「……色々考えたんだけど、個人情報に触れない質問が、逆になくて」
「え、ああー」
そうか。この間質問するといって、結局聞かれなかったのは、気を使ってくれたからだったのか。
「べつに、なんでも聞いてくれていいよ」
それで自然にバレたなら、それでもいい。しかし、名前とかクラス以外の情報なんて、どれもこれも核心にはそう近くない気もする。誕生日だって、みんなに聞いてまわるわけにもいかないし、血液型や兄弟構成だって同じようなやつがゴロゴロいる。
「うん、 好きな女の子は?」
「え? さっきと質問微妙に変わってない?」
「あ、そうかそうか。てへへ……好きな女の子のタイプ」
「う、うーん」
俺の好きな子はひりあちゃんだし、好きなタイプもひりあちゃんなんだけど、そんなこと言えるはずもないし、ルックスのタイプを聞かれているとしたら答えにならない。
話しやすい子が、好き。
これ、どうだろう。
口を開きかけると藁子ちゃんが呼んでもいないのに『キモモモモ!』と言って登場した。
『婉曲にきみが好きですって言ってるみたーい! よく考えてー! 想像してー! そういうのー、好きじゃないやつにやられたら? 女の子はー?』
き、キモいです。ドバドバ吐きます。
『じゃあやめなー! ここは無難な答えが大正解なのー!』
無難って言われても……。明るい子とか、そんなの、ひりあちゃんは明るい子だけど、自分では友達がいなくて暗いと思っている可能性だってあるじゃないか。そういう、ひりあちゃんとまったくちがう可能性のある答えは駄目だ。かといって、本人に近すぎても駄目……吐かれる。どうしたらいいんだ。
「ネクラ君?」
「無い……」
「えっ」
「好きなタイプ、ない」
「ほ、本当に? 少しも?」
「あえて言うなら、健康な肉体を持つ……ヒト科……できれば人類……できれば女性」
最大限にキモくないように言ったのに、ひりあちゃんが笑って言う。
「あ! わたし、当てはまるー!」
「ぶぎョイ」
動揺のあまり口から変な音でた。
そんなつもりでは!
『キモモモモー。そーしくんキモモモモー!』
藁子ちゃんが俺の周りを飛び回る。白目になった。もう、この話題から逃げよう。逃げるためには、相手に質問を。
「ひ、ひりあちゃんは?」
聞いたあとで、さっそく後悔した。
あまりに自分とかけ離れていた場合を想像すると、恐かった。身長2メートルのガチムチマッチョとか、危なげな武闘派の男とか言われたら、なれる自信がない。一応筋トレくらいはしてみるかもしれないけれど、俺の身長は2メートルもいかないだろう。
ドキドキしているとひりあちゃんが軽い調子で言う。
「わたしは、話しやすい人がいいなぁ」
「そッ?」
「まえは、話上手な牛丼好きの人だったんだけど……最近変わったんだ……へへへ」
「そォなんだァア」
声がひっくり返った。心臓ドコドコうるさい。
「み、見た目とかは?」
「わりとなんでもいい!」
わーい! 俺もあてはまる!
ひりあちゃんと会っていると、心臓が頻繁に大はしゃぎする。部屋を出たときは汗だくで、疲労困憊していたりする。なのに、頬はニヤついていることが多い。
他の女子と話す時より、トータルの疲労度は大きい。それなのに、こんなに疲れるのに、まったくストレスじゃない。むしろストレス解消にしかならない。




