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14.恋の季節◇ヒリア


 佐倉君のことで少し落ち込んでいたけれど、ネクラ君と話したらすごく元気になれた。悲しくなった時は友達と話したら。もっと言うと好きな人と話したりしたら、すぐ元気になれる。なれないはずがない。


 ネクラ君とは時々だけれど、待ち合わせ以外のメールもするようになった。もちろん送るのはほとんどわたし。彼の返信は変な絵文字と顔文字はやめたのか、文字だけの簡素なものに戻っていた。あのあと話したときにだいぶ恥ずかしがっていたし、彼の話しかたを知っていて頭の中で変換できるのでべつに気にしない。

 わたしのほうは彼の考案した顔文字を辞書に登録してたまに使っているけれど、それに関してはちょっとだけ嫌そうにしている。


 わたしとネクラ君は仲良く友達をしている。

 進化も変化も進歩もないけれど、楽しくて幸せな日々を謳歌していた。


 変化といえば佐倉総士。彼の雰囲気が少し変わった。

 彼の潔癖そうな凛々しさと、繊細で危ういような色気は、今まで8対2くらいで、凛々しいが勝っていた。それが、ここ最近色気の割合がぐっと増した。

 肉体的な成長も少しあるだろう。背はもともと高かったけれど、どこか華奢な感じだったのが骨ががっしりしてきた気がする。


 しかし、やはりその変化は内面によるものが大きいだろう。以前は女の子達に囲まれていても無表情に近い冷静な顔をしていた彼は、少しリラックスしているような穏やかさを身にまとい始めた。


 返答内容はさほど変わっていないのに、ほんのわずかな笑みのようなものが混ざるだけで、印象はだいぶ変わる。たまにドキッとするような表情を見せるようになったと評判だったし、シャープだった雰囲気が一段柔らかなものへと変化していた。


 さらに言うならどことなく機嫌がいい。増田先生と話しているのに上の空で相槌をうちながらニヤついていたりする。なお、ニヤついてるというのはわたし個人の感想で、周囲の女子は微笑んでいる、と表現していた。


 そんなニヤついている姿に女の子たちがまた「可愛い」と騒ぐ。高潔さは減ったが、馴染みやすさは増したらしい。影で何人かがまた告白して散ったとかの噂も漏れ聞こえてきた。


 先日は「なにかいいことあったの?」と聞かれていた。


 彼はそれに「特には」と簡素に返していたが、夏休みにずっと会えなかった某国の姫との再会の予定が控えているのだと噂が広まった。


 ああいう人が夏休みになにをしているのか、想像する余地もない。


 なんとなくのイメージだけど、彼とは家族が行っているパリピのパーティとかでいつか鉢合わせてもおかしくないと思っている。まぁ、わたしは参加率がものすごく低いのだけど。







 うちの学校では月1で掃除の時間がある。

 通常の掃除当番の掃除とはべつに、朝の時間を使って全校で掃除するのだ。


 短い時間、特に割り当てもないので、みんな適当な場所を拭いたりしてお茶を濁す。


 割り当てのない掃除は自主性や要領の良さが顕著にでてしまう。わたしは仕事を見つけるのが下手だった。 

 簡単な仕事は人気でぱっと人が埋まる。だからなるべく面倒そうな場所や、汚れそうな場所を選んで手伝わせてもらいに行く。そのたびに「西園寺さんはいいですよ」とか言われて、廊下の端に所在なく立っていた。この時間はいつもそうで、わりと苦痛だった。


 校長が通りかかってわたしを見て手招きした。そうして、近くの廊下の窓を拭いていた佐倉君も呼ばれて、体育館へ向かう途中の傘のある通路に連れて行かれる。


「ここの、てしゅり」


「はぁ」


「埃がね……!」


「わかりました」


「あと、あしょこ! 葉っぱが少しね」


「わかりました」


 校長は「うんむ。よろちくね」と頷いてどこかへ行ってしまった。


 とりあえず言われた通り周囲をざっと掃除する。


 近くを雑巾で拭いていた彼がふっと空の遠くを眺めて「はぁ」とため息をつく。


 この頃になると、いかに疎いわたしでも、なんとなく彼が恋をしているのではと思うようになった。そう思うとしっくりくるような目をしていることがある。わたしは佐倉君は好みではないけれど、あんな目で見つめられたら大抵の女の子はドキドキするだろうというのはわかる。


 しかしながら、しらけた怒りも胸に湧いた。


 彼女がいるなら周りにもそう言えよ!

 付き合ってないならさっさと付き合え!


 そうしてくれていたらわたしが彼とこんなに気まずくなることもなかったのに。


 まあ、某国の姫のほうにも色々簡単じゃない事情があるのかもしれない。


 ふと、思いつく。ここは周囲に人があまりいないから、スマホ出しててもバレなそう。出してるの見つかったら放課後まで没収だけど、近くに先生もいない。


 佐倉君からそおっと離れて、傘の支柱の端っこを拭きながらスマホをこっそりとりだして、ぽちぽちした。


『掃除してるよー。眠いよー』


 送信したあと周りをキョロキョロしたけれど、人は遠くにしかいなかった。唯一近場にいる佐倉君を見たけれど、彼のほうも自分のスマホを出して見ていたので、こちらの動きには気づいてなさそうだ。


『掃除かったるいね。俺も眠い』


 スマホが手の中で震える。短いけれど、ものすごい早さで返事が返ってきた。ネクラ君も、どこかを掃除しているのだ。


『いい天気だもんね! わたしこのあと寝ちゃいそう』


 ニヤつきながらまたスマホをぽちぽちする。雑巾で勢いよく柱を拭いていると、また返事が返ってきた。


『寝てもしかたない』


 短くて中身のない、ほんとにしょうもないやり。スマホの前でニヤつく。


 佐倉君をちらりと見たけれど、通路の反対端の柱の下で、相変わらず自分のスマホに夢中なようだった。よし、気付かれてない。


 幸せだ。


『そうだ。終業式のあと、会えないかな($唇€)』


『もちろん。でもその顔はもうやめて!』


 思わずくすくす小さな声を立てて笑ってるところ、遠くに校長先生が見えて、慌ててポケットにスマホを落として手すりを拭いた。


 校長先生は「おわったかにゃ?」と言いながら辺りを見回した。


 難しい顔で「ンン……ンンん」と唸りながら周辺をチェックする。


 そして、ンムっと頷いた。


「おちゅかれさま!」と笑ってわたしと佐倉君を手招きしたので、反対端にいたわたし達は中心部の校長先生のところに集まった。


「こりぇ! ナイショで食べてね!」


 可愛い口調でわたしと佐倉君の手のひらにひとつずつ、ミルクキャンディーを置いた。ママの味がするとかしないとかいう可愛い包みの商品だ。


 思わず佐倉君を見ると、彼もわたしを一瞬だけ見たけれど、目を合わせてはいけない気がして同時に目をそらし、校長の顔に視線をロックさせた。


「ありがとうございます!」


「ン、ンムッ?」


「こっそり美味しく食べます!」


 気まずさをごまかすために、勢いよくお礼を言うと、佐倉君も勢いよく重ねてきた。


「それでは、失礼します!」


 戻る教室は同じ。だけどもちろん、別々に帰った。




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