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1.【プロローグ】◆佐倉総士



 女の子というものの可愛さについて少し。


 女の子は、みんな可愛い。

 まず、骨格が可愛い。骨の音がかつんと、小気味よく軽い感じがする。

 高確率で甘くてふわりとしたいい匂いがする。

 白い肌がつるつるで、男みたいに毛がワサワサ生えていない。身体のフォルム全体が柔らかで、丸っこい。手とか小さいし、爪も小さい。声も野太くない。とにかく可愛い。


 この条件にあてはまらずとも、やはり可愛い。股間に面白いものをぶら下げてないところがなんかもう可愛い。性別をそこのパーツの有無で決めてしまって良いのかためらわれる昨今、なんなら付いていても女の子なら可愛い。


 可愛いが、苦手だ。

 いや、可愛いからこそ苦手だ。


 俺は昔から何故か女の子に異様にモテた。


 気が付くといつも周りに女の子がいた。しかし、一向に慣れなかった。

 囲まれてきゃいきゃいされるとどうしていいかわからない。はっきりまっすぐ顔も見れないから誰が誰かもわからない。性別くらいしか識別できない。


 この気持ちは贅沢な悩みとしてあまり人にわかってもらえない。


 俺は外見こそモテたが、内面は猛烈にモテない男のそれを有していた。


 たとえるならば未開の奥地でひとりで暮らす言葉もろくに知らないけむくじゃらのモンスターが妖精に周りを飛びまわられている感じ。


佐倉さくらくん佐倉くん」


「おはよう! よく寝れた? 眠いよね」


「佐倉君は朝なに食べた? あたしはパン!」


 妖精は今日も俺の周りを飛びまわる。


 こんな可愛い生き物達がなぜ俺の周りに集うのか……嬉しいけれど、まともな会話をできたことはない。彼女たちはきっと俺を勘違いしている。口を開いてこのはてしなくつまらない上に卑しく、いやらしい内面を知られたらと思うと言語能力をフルに活用してもだいたいは口から「うん」「そうだね」くらいしか出てこない。


 気の利いた返答が返せず話がまるで膨らまなくても女の子達は俺を囲み、好き勝手に話し続けている。そのうちに大抵は周囲の女子同士で盛り上がり始め、そのまま会話は流れていく。


 比較的真面目で育ちの良い奴の多い私立高の穏やかな学年内で、奇跡のように表立って疎まれ憎まれることなくやっているが、女にモテることでいつ刃を向けられるかヒヤヒヤしてもいる。


 モテたって、彼女いたこともないし、こちらから指一本触れたことすらないのに。


 だってなんか軽く偶像化されてるのに、想像とちがうなんて知られたら悪い噂が広まるに決まっている。そういうのゲームで見た。だから俺はいつもなるべく表情を変えず、できるだけ無口で硬派なやつを気取ってすましている。つもりだった。できてるか怪しいけど。


 はぁ、と小さく息をつくと周りの女子がほうと溜め息を吐いて見つめてくる。うわあーみんな唇がツヤツヤしてる。気がする。首が細い。気がする。うあーうわー。目玉カメラはガタガタのブレブレでピントなんて合いもしない。自分の頭の中身が漏れ出てるような感覚に猛烈に恥ずかしくなって席を立つ。


「佐倉君どこ行くの?」と聞かれてありもしない用事があると告げて、早足で退散。悪霊退散。悪霊はもちろん俺。


 俺はつまらないやつだ。

 人を楽しませるような話術もなければ、女の子をドキドキさせるような仕草もわからない。

 家だってしがない貧乏家庭の次男でしかないし、部屋にいる時は大抵いやらしいことを考えて暇つぶししている一般的な男子高校生でしかないのに。


 廊下に出ると少し遠くで唯一の友達がニヤニヤしながら手を振っていたのでそちらに駆け寄る。


 薮坂やぶさかとおる

 こいつとは中学校一年生からの腐れ縁だ。俺がどんな奴かも十二分に知っている。


総士そうし、お前、また囲まれてたのか? あんなに沢山いて、彼女つくればいいのに」


「無理に決まっているだろ」


「なんでだよ」


「女子とふたりきりでいたら会話が成り立たない! 幻滅されるだろ!」


 薮坂はふっと息を吐いて、遠くを見るような目をしてみせた。


「恋愛なんて幻滅の瞬間の連続だろ。人は人に幻想を抱きそれを壊しあいながら成長していく……」


「お前何言ってんだアホか!」


「あ、おい、ゆりあさんだよ」


 薮坂が顎をしゃくるそちらを見ると、たぐいまれなる美少女がそこにいた。

 目と鼻と口と輪郭すべてがリアリティのない整い方をしている。長い髪もサラサラで、重力をまるで感じさせない。

 涼しげではかなげで、美人寄りだけれど、あどけなく残る幼さが可愛さを演出している。この空間にいるのがおかしい。


 あれは学年でも有名な“氷の姫”西園寺さいおんじゆりあ。


 ものすごくぎょうぎょうしい名前。しかしそのギャルゲーの金持ちキャラにしかいなそうな名前に負けてないのがまたすごい。

 氷の女王の娘とか雪女の娘とか、そんな感じの、ほんのわずかな無邪気さを感じるミステリアスさは確かに“氷の姫”と言いたくもなる。


「芸能事務所からのスカウト2852回断ってるらしいぜ」


「日本に事務所何個あんだよ……」


「そこはあれよ。のべなんじゃねーの」


 俺に顔を戻した薮坂がニヤつきながら声をひそめる。


「お前ちょっと行って玉砕してこいよ」


 言われてもう一度そちらを見る。背中に羽がないのが不思議なくらいだった。


「む、むりだな……」


 女の子はみんな可愛い。話せない。あんな天界から来た天使みたいのはなおさら無理。全力を振り絞っても挙動不審なマリオネットみたいな動きをしながら「おはよう」の「お」の字も言えないだろう。


「あんなの、絶対歳上の彼氏とかいるだろ」


「彼氏は四十七人いるという噂がある」


「すげえな。それだけいれば討ち入りできるぞ」


「まぁ、でも噂は噂。お前も、九歳の時に出会って悲しい別れをした某国の王女が忘れられないからどんな女も好きになれないって噂がある」


「ははッ……リアリティがなさすぎる」


「彼氏四十七人を簡単に信じてたやつの言うことじゃねーな……」


「いやあ、あれはいるだろ……あれでそれなら少ないくらいだよ」


「でもな、彼氏四十七人とか、芸能人と付き合ってるとかさんざん噂はあるけど、そのせいか学校内で浮いた噂はまだないんだよ!」


「あー……そうかもな。よほど自信がなければあんなのに告白なんてできないだろ」


「入学当初は、校内でもモテるイケメンが何人か当たって砕けたって話はたまに聞いたけど、最近は静かなもんだよ。総士、お前も試してみろって!」


「嫌だよ。あれだろ、何人かザコを倒してやっと進むんだけど、戦ってすごく強かった奴が、“残念だったな。ワシは西園寺彼氏十六人衆の中では最弱。残りのものがおまえを討つだろう”とかって……」


「佐倉くーん」


 死んでも聞かれたくない会話の最中で、可愛い声に呼ばれて心臓がビクウと震えた。そちらを見ると女子生徒が手招きしていた。


「知り合いか?」


「わからん。俺女子は顔をまともに見れないから……もしかしたら顔見知りかもしれないけど」


「もしかしたら顔見知りってなんだよ。ぜんぜん見知ってねーじゃねえか」


 こんな声で呼ばれて用事があった試しがない。ふんわりした世間話のお誘いにちがいない。それ自体は嬉しくないわけじゃない。でも苦痛だった。

 考えてもみてほしい、役者志望でもなく素養もないのに毎日ステージに立たされる凡人の気持ちを。


 俺は女の子の前ではありのままの俺でいられないのだ。疲れる。女の子とは月イチで、決まった日と時間に、体調も万全に整えた上で会うならば、三分ほど会話を成立させることができる気がする。会話内容を事前に練ることもできる。Aという会話を提供し、それに対して返ってくるであろう返答をいくつか想定して並べて、シミュレーションしておくことだって可能だ。


 でもこんなの毎日は無理だ。ボロがでないようにずっと気を張っているから精神が磨り減る。ストレスで禿げる。禿げたらまた幻滅される。もうどうしようもない。


「ごめん、用事があるんだ」


 そう言ってさっと教室に戻る。

 しかし、教室にも女子がたくさんいた。何人かが俺のほうを見てる。どこかへ避難したい。


 どうして同じ人間なのに性別が違うだけでこんなに別の生き物感があるのだろう。


 ちょうどいい。鞄も持って出て昼食も早めだが今すます。そしてお昼にはまたどこかに隠れよう。もう無理。今週の俺の女子通信制限が超過している。


 とりあえず今どこか。心を落ち着けたい。どこかひとりで安らかに、口を開けてだらしない顔をしながら低俗な思考に浸れる場所。





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