第六話
お待たせしました。
どうぞお楽しみください。
――四日目。
その日はドアをノックする音で始まった。
「Hey! 誰か居ないのか!?」
ドンドンと繰り返し扉を叩き、こちらに何者かが呼びかけてくる。
蒼太は意識を覚醒させ、この状況でスヤスヤ眠る恵里香を起こし着替えるように言ってから自分も支度をする。
「Damn! ここもダメか……」
少々時間がかかってしまい、ドアの向こうの人物は残念そうに何事かつぶやくと叩くのをやめた。
「もう行ってしまったか?」と思いつつ念のため武器を持ち、そっと扉を開けて外の様子を窺う。
「……っ!? おお、生存者が居たか!」
金の髪、筋骨隆々な肉体に2Mはあろうかと思う身長の大男がトボトボと歩いていく姿が見えたが、扉の開く音に反応して振り返り、目を見開いて走り寄ってくる。
凄い勢いで外人に迫られた事により、関わらない方向で行こうと見なかったことにして、そっと扉を閉めようとしてしまう蒼太は外人が苦手な日本人のある意味典型的な行動だろう。
「No No No! 待て、閉めるな!」
「いえいえ、お気になさらずに」
「stop! 頼むから気にしてくれ」
「……わかったよ」
「理解してくれて助かったぜ……やっと見つけた生存者だからな」
「……ところで、見たところ怪我は無いようだが……”汚れてないよな”?」
「Yeah、清潔そのものだ」
「よし、入れ。あ、あと中にもう一人女がいるが……」
「OK理解した、手は出さない。誓おう」
男は蒼太の雰囲気で何かを察した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まずは自己紹介だな。オレはAylmer・Thompsonだ」
「あ、あースマン……もう一回お願い」
「エルマー・トンプソン。OK?」
「ああ、今度は聞き取れた。俺は中空蒼太だ、宜しくエルマー」
「私は鮎川恵里香、宜しくね」
「ソータにエリカだな、よろしく」
「で、だ。エルマーは何でここに?」
「ああ、それなんだが……」
エルマーはアミューズメントコーナーで事件に遭遇し、数人の人物と立てこもり難を逃れた。
その後、なぜかアイツらの姿が見当たらなくなったので、他の面子を残して生存者を探しに来たという。
「見つけたのはソータ達が初めてだけどな」
「という事は他は全滅か」
「俺からしたら生存者が見つかっただけでもMiracleだ」
「じゃあ、とりあえずはその生存者が集まっている所に俺たちも行けばいいんだな」
「Exactly。準備が出来次第行くとしようか」
「ああ、わかった。悪いが少し出ててもらえるか? 少し汗を流してからにしたい」
「OK、この階層は安全みたいだから外で待ってるぜ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……シャワー浴びるの?」
「一応言った手前、そうしないといけないな。それと恵里香」
「何?」
「アイツに気を許すな」
「……理由は?」
「無い、勘だ」
(一応理由はあるが、今は確信が持てないからな)
「あの人、病気の人に声かけたり世話してた外人さんだよね」
「そうなのか?」
「気づいてなかったの?」
「……言われたらそんな気がする」
「……人の顔覚えるの苦手?」
「面目ない」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
蒼太達はエルマーと共に二階まで降りてきた。
そこかしこにレイジなどの死体が転がっているが、これを全部彼がやったというから驚きだ。
エルマーは退役軍人で腕っぷしには自信があるらしい。
蒼太はどのように倒したのか参考のために聞いてみたが、大凡役に立つ話ではなかった。
曰く、ネクロの足を掴んで別のネクロの頭にぶつける。
曰く、レイジの足を掴んで頭を思いっきり壁に叩き付ける。
所謂脳筋戦法、いっそ清々しい。
確かに言った通り壁に叩き付けられてシミになっているのやらなにやらが散乱している。
間違いなく事実なのだろう。
ちなみにエルマーはどっちもゾンビと呼んでいた。
賢いゾンビと賢くないゾンビだそうだ。
シンプルで分かり易い気もしないでもない。
そうこうしているうちに、二階客室廊下とプロムナードを繋ぐ扉の前にたどり着いた。
頭の高さにのぞき窓のようなものがついている。
蒼太はここが一番の鬼門だと想像していたので、何もいないというのを鵜呑みにせず向こう側をしっかり確かめる。
「……確かに何もいないな」
「流石にオレでもこんなところで大勢に襲われたらひとたまりもねえよ」
「まあ、それもそうだな」
蒼太的に些か拍子抜け感は否めなかったが、襲われないに越したことは無い。
特に労することなくほかの生存者と合流を果たす事が出来た。
アミューズメントの中には三人の生存者が居た。
男性二人に女性一人。
蒼太たちを合わせると六人になる。
「(蒼太、あの男の人)」
「(どれだ?)」
「(あの紺のスーツの人、大手製薬会社の重役だよ)」
「(へー、凄いんだ)」
「(うん、でもこないだ不祥事起こしてニュースになってた)」
鷹のマークの天保製薬で有名な会社の重役、重森甚一。
新薬を碌に臨床せずに販売したという事で問題になり降格。
一時期はかなりのヤリ手として前線に居たらしい。
「(そうなんだ)」
「(あとあっちの女の人)」
「(あの性格悪そうなやつか)」
「(元人気の海外アーティストだよ、あの人は昔殺人起こして捕まったはずなんだけど……)」
元人気海外アーティスト、アンジェリーナ・ノートン。
12歳の少年を数年にわたり軟禁して性的な行為を行ったうえに、殺害までした。
自宅からはその一部始終を撮影したスナッフビデオと数人の人骨が出てきたらしい。
覚せい剤もやっていた、あまりに悪質なため日本でも話題に上がっていたと恵里香は言う。
当時で懲役50年以上は確かあったはずなのだが……。
「(出てきてたんだ……まだ5年くらいしか経ってないのに)」
「(訳アリばっかだな)」
そもそも、そんな情報を知っている恵里香が凄いと思う。
もう一人の男はどこにでもいる普通のサラリーマン、韮澤太一。
妻子もなく両親も既に他界した上、最近会社を首になって途方に暮れていたときに蒼太たちと同じく怪しい手紙を受け取ってきたそうだ。
どうせ後がないなら最後に遊んでやろうと思ってとのこと。
何とも世知辛い話である。
(不祥事起こした重役、殺人を犯した海外アーティスト、天涯孤独の元リーマン……俺も同じ……)
ふとあることが気になった蒼太は恵里香に家族構成を聞いてみた。
「私? 私は……」
恵里香の両親は幼いころに蒸発。
祖父母に育てられるも現在は高齢で他界、兄弟はなし。
「そうか……」
「どうかしたの?」
「いや……後で話す」
(居なくなっても特に誰も困らない奴らが集められてる……クソ! 最悪だ、ゲロ以下の臭いがプンプンしやがる……)
蒼太の中でこの状況がある実験であることが確信に変わった。
ゾンビ化してしまったほかの人間の素性は分からないが多分似たり寄ったりだろう。
居なくなっても特に捜索はされず、賠償も必要としない一般人たちは勿論のこと。
不祥事を起こした人間も消えたところで大した問題にならない。
多少ニュースにはなるだろうが、マイナスイメージが強いために世間からは「しょうがない」とか「居なくなってよかったわ」で済ませられる程度の人間たち。
集められた人間は国もてんでバラバラ。
多分色々な所を巡って集めてきたのだろう、考えて見れば蒼太たちが乗り込んだ時よりも圧倒的に中にいる人間の数が多い。
先に乗り込んでいたと言えばそれまでだが「日本で」とは必ずしも言い切れない。
「エルマー、これからどうするんだ?」
「携帯できる食料を探すか厨房に行って腹ごしらえをしたい」
「やっぱりないのか?」
「Yes、本来ならあってもおかしく無いものが無い」
「そうか……全員で行くのか?」
「そこなんだが……オレは全員がいいと思っている」
「何故?」
「一度取りに行って戻ってこれたとして、また行くときに安全とは限らないからだ」
エルマーは言った、なぜかアイツらが居なくなったと。
倒したわけではない、確実に安全と言える状況ではないならこの場所に戻るというリスクは負うべきではないのも確か。
「なるほど。じゃあエルマー達も」
「Yes、脱出艇を目指してる」
「わかった、ところで戦えるのは?」
「Sorry……オレとソータだ」
「……だよな。仕方ない、隊列は?」
「ソータが前、オレが後ろで中央を守る」
「了解した」
お付き合いいただき有難うございます。
展開に無理が無いか心配……




