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Mortal Luxury Cruise Ships  作者: 江上 那智
第三章 天保製薬
21/22

第七話

第七話です

どうぞお楽しみくださいませ

「サンプルが逃げたぞ!」


「逃がすな、殺しても構わない!」

闘技施設を後にした三人は地上へ上がる手段を探してB4内を駆けずり回っていた。


「コイツ等私兵か? ビルの所の奴らじゃないのか?」


「装備も統率も全然です、違うと思うです」


「普通に撃ってきてるんですけど! ここ日本だよね!? わひゃあ!」

恵里香の目の前を弾丸が通り過ぎる。

それを視認して躱せてる辺りは既に蒼太に染まって来てる証拠だろうか。


「ちっ、広すぎだろ……ここどこだよ」


「あ、ちょっと待つです」


「どうしたの朱音ちゃん」


「あの部屋に寄って欲しいですよ」


「ん? なんかあんのか? わかった」

朱音が指さした部屋の中は色々なものが乱雑に置かれている倉庫のような部屋だった。

朱音は一直線にあるものの場所に向かっていく。


「にひひ、一週間も着てたらこれが無いと落ち着かなくなってたですよ」


「よく見つけれたな……」


「ちらっと見えたです」


「凄い執着ね……」

レインコートにガスマスクと血糊の付いた破砕斧、懐かしの殺人鬼装備である。


「第二隔壁街で出会えたとしてもその格好なら絶対わからなかったよ……」


「元は俺のだから多分大丈夫だったと思うぞ?」

2~3度ほど素振りをして感触を確かめた朱音は「にひ」っと笑い声を上げたかと思うと入り口に向かって駆け出した。


「おりゃ~、死にたくなければ道を開けろ~です!」

追いついてきた兵士たちの首を一切の手心なく跳ね飛ばしながら突き進んでいく朱音。

返り血をものともせず、全身を真っ赤に染め上げながら進む彼女の姿は相手にとって悪夢以外に無いだろう。


「……呪いの装備かなんかか?」


「まさしくベルセルク(狂戦士)だね……」

一種のプラセボ効果に似たものだろう。

あの格好でビルの部隊に大立ち回りした記憶が彼女の脳に潜在的な何かを植え付けたと思われる。


「あっちこっちでレイジが閉じ込められてるな」


「なんか可哀相」


「次に死にたいのはどいつです?」


「「……」」

追いすがる兵士を蹴散らし、研究員をなぎ倒しながら出口を探して彷徨う三人。

いい加減見つかっても良さそうなのだが……。


「ここは?」


「なんか重要そうな場所だね」


「お腹すいたです」

多分メインルームだと思われる場所に三人はたどり着いていた。

様々なモニターと色んな機械が所狭しと並んでいる。

朱音のせいで累々と死体の山が築かれている惨劇の部屋、蒼太たちがいる扉の反対側に見知った人物が立っていた。


「よくここまで来たな」


「ビル……」


「そう邪険にするな」


「邪魔するならデストロイです」


「……マジでやめてくれ」

本気で嫌そうに頭を振るビル。


「なんのようですか?」


「お前たちを外に出してやろうと思ってな」


「信じるとでも?」


「嫌なら別にいい、B4は特に広く作られているから出れる保証はしないがな」

ここにたどり着くまでかなり迷ったこともあり、その言葉には重みがあった。


「蒼兄」


「蒼太……」

不安そうに蒼太の返事を待つ二人。


「わかった、案内してもらおう」


「ソイツが懸命だ、言っておくが罠じゃねえぞ? そこの嬢ちゃん一人で部隊が半壊したんだ。お前ら三人相手にしたら一矢報いる間もなく全滅しちまう」


「難しい日本語を使うな」


「これでも日本はそれなりにいるんでね」

にやりと笑いながら答えるビル、意外に日本が好きみたいだ。


「じゃあ行くぞっと、その前に」

銃を構え、狙いをつけるビルに三人は警戒をあらわにする。


「……おい」


「勘違いすんなよっと!」

放たれた銃弾は蒼太の近くにあった機械を破壊し、黒煙を上げさせる。


「何をしたの!?」

突如サイレンが鳴り響き、施設全体が赤いライトの点滅に包まれ、閉じていた扉が全て解放状態になる。


「今のは全ての鍵をコントロールしてるところだ、そいつを破壊した」


「一番深くにそんな重要なモノ設置するってどうなの!?」


「俺に言うな」


「お腹すいたです」

空気を読まない辺り、本気で空腹が限界のようだ。


「さあ、忙しくなるぜ! こっちだ!!」

ビルは自分の近くの扉に向かって走り出した。


「何を急いでるの?」


「ああ、なんとなくわかった」


「どういうことです?」


「全ての鍵が開いて、扉が全開になったという事はだ」

蒼太が続きを言いかけた時、後ろから生き残った研究員や兵士たちの悲鳴が聞こえ始めた。

恵里香と朱音が後ろを確認すると、そこはまさに地獄絵図。

追いかけてきた兵士がレイジとネクロに捕まり、引き裂かれ、食される光景が広がっている。


「うわ……」


「なるほどです……」

全ての扉が解放されれば、必然サンプルとして隔離されていたアイツらも出てくるという訳で。

結果は見ての通りである。


「しかし、こりゃ俺たちも急がねえと面倒だな」


「そうだね……」


「なんでです?」


「そりゃ襲われるからに決まってるだろう」


「襲われないですよ?」


「「え?」」

ビルに歩調を合わせつつも朱音は感染してからの話を二人に伝える。

蒼太には以前ざっくりとしか話をしていなかったのでそこのところは伝えていなかった。


「マジかよ……」


「無駄な労力だったのね……」

絶望に顔を染めながらも足を止めない辺りは流石である。


「だが、俺たちは襲われたぞ?」


「先に手を出したりしたです?」


「してたね……」


「敵対行動したら襲われるです、小生が調べた限り本能の部分が大きいです」

いつ調べたんだと疑問に思わないでもない。


「なるほどね……」


「でもでも、今はビルさんが居るからこっちには向かってくるです」


「ん、まあ確かに」


「ビルさんを守る意味でも結局敵対せざるをえないのね……」


「だな」


「おう、おしゃべりもいいがこっちだ!」

適度に頭を撃ち抜きつつ蒼太たちを誘導する彼はあまり気にしなくてもいいかもしれない。


「もう少しだ、あそこを抜ければ緊急避難用通路がある。徒歩になるが地下鉄の線路に出るぞ」


「地続きってこと?」


「一応隔壁があるからそいつを閉めれば漏れ出たりはしねえ……少し漏れるとは思うが」


「片づければ問題ないと」


「そういう事だ」

ビルの言った通り階段が見えてきた。


「あったよ! あ、アイツは!?」


「海野……」

階段の手前で通せんぼするように仁王立ちする女とレイジ男。

海野と飯田だ。


「まさかアンタが裏切るとはね」


「ち、面倒な奴に見つかったなオイ」


「後ろからはレイジとネクロ、正面にはクソ女とレイジ男か……」


「戦闘はさけられないです」

ふんす、と気合を入れながら片手斧を振るう朱音、正直コワイ。


「う、後ろは私と朱音ちゃんの任せて! 正面は蒼太、お願い!」


「おうよ!」


「先手必勝だ!」

本当に日本語が流暢だ、ビルは一番の脅威と思われるレイジ飯田に向かって発砲する。

それに反応した飯田はなんと銃弾をつかみ取った。


「な!?」


「おいおい、なんの冗談だそりゃ」

明らかに普通のレイジに無い防御力を発揮したレイジ飯田は一足でビルに近づき、その腕を振るう。


「ぐおぉ!」

なんとか反応して銃を盾に受け止める事は出来たが、銃身が拉げてしまい使用不能になってしまう。


「人の事言えねえが、冗談みたいな力だな……オラ!」

ビルには悪いと思ったが、その隙を逃す蒼太ではない。

飯田の体勢が整う前に機動力を落とす為、膝関節に向けて蹴りを放つ。

しかし、その蹴りにもしっかり反応し、脛で受け止めらてしまった。


「なんだよ、その異常な反応は」


「あははは! 哲哉を普通の感染者と同じに考えないでよね。彼はベルセルクに加えて様々な強化改造を施してあるのよ? アンタみたいな三流感染者に勝てるわけないわ!」


「宿儺と一緒か……」


「あんな見てくれだけの失敗作とも一緒にはしないで欲しいわね」

普通のレイジであればすでに倒されていてもおかしくないほどの鋭い攻撃を飯田は躱し、受け止め、反撃してくる。

蒼太も同じく捌き、流し、反撃を繰り出す。

お互いがお互い致命になる攻撃を当てることが出来ず、戦闘は膠着状態に陥った。


「隙ありだぜ!」

そこへ、ダメージから復帰したビルの援護射撃が混ざるも牽制にすらならない。

宿儺を失敗作と言い切ったのも頷ける。


「蒼太、まだ倒せないの!?」


「ちょっとキツくなってきたです! あ……」


「どうしたの朱音ちゃ……嘘……」

二人が何かに気づいたように声を上げるが、蒼太に確認している余裕はない。

それほどまでに飯田は強敵なのだ。


直後、大地を揺るがすような咆哮が通路に響き渡り、レイジとネクロの群れを蹴散らしながら物凄い勢いで何者かが走ってきた。

その何者かは恵里香と朱音を素通りし、一直線に飯田に向かって拳を繰り出す。


飯田も反応してその拳を受け止めるが、止めきれないほどの威力を持った拳は受け止めた腕を破壊しながら飯田を壁に縫い付けた。


「な! なんでこいつがここにいるのよ!」


「宿儺……」


「じ、冗談じゃないわよ!! 哲哉、早く立ちなさがっ!!」

かるくヒスを起こしかけた海野の額に突如穴が開き、中身を背後の壁にまき散らしながらゆっくりと崩れ落ちる。


「……やっと隙が出来たぜ……」

ビルが手に持ったハンドガンから煙が立ち上っていた。


『蒼太ちゃん……』


『鮎川さん……』


「夏目さん」


「保莉菜さん……生きていたのか」

もし動けたとしてもネクロ化しているだろうと蒼太は思っていたが、二人とも意識はあるようだ。


『心臓が二つあるのが幸いしたわん』


『俺たちは今文字通り一心同体なんだ、片方がだめでも片方が補える』

どうやら保莉菜側の心臓しか止めなかった事が功を奏したようだ。


『コイツは私たちが抑えるわん』


『君たちは早く脱出するんだ』


「……恩に着る……」


「夏目さんたちは!?」


『俺たちは行けない』


『この身体じゃあ……ねぇ。それに時間もないのよん』


「それって?」


『今二つの上半身を一つの心臓で動かしてるんだ』


『負担が大きすぎて持たないのよん……』

保莉菜たちが言うにはエネルギー効率が悪すぎてベルセルクが害になっているらしい。

既に侵食が始まっていると二人は言った。


「そんな……」


『俺たちの事は気にせず行ってくれ』


『私たちに出来る精一杯よん』

保莉菜が飯田を抑えつつ夏目がレイジとネクロの相手をしている。

鉄心に使われていた時とは大違いの連携を一つの下半身で見事にこなしている。

これなら溢れて外に出てくる心配も無いだろう。


「……わかった、ビル!」


「悪いが、俺もここでリタイヤだ」


「なんでです!?」


「最初の一撃で肋骨が折れてな、動くだけで激痛なんだよ。それに……」

ドンと三人を階段側へ押し出し、ビルは言い放つ。


「隔壁の操作はそっち側じゃ出来ないんだ」


「なんでそんな構造に!?」


「言ったろう? ここは緊急避難通路だ。誰かが足止めして脅威を漏らさないようになってる……犠牲が前提なんだよ」


「馬鹿な!」


『爆破装置が作動しました、研究員の皆様は速やかに脱出してください。繰り返します……』


「な!?」


「へ、あの社長もやっと重い腰を上げたな……そういうこった。あばよ、wolf」

隔壁が下がり始め、少しづつビルたちの間に降りてくる。


『蒼太ちゃん、私たちみたいな人をもう生み出させないでねん』


『君ならできるよ』


「ビル、保莉菜さん、夏目さん!!」


「『『未来を頼んだ』』」


「馬鹿やろおおおおお!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



(私は一体どこで間違ったのかしらね……)

初めは純粋に病気を克服する薬を作っていた。

様々な医療機器、様々な薬が開発され、数多くの命を救う事が出来るようになった。

難病と言われるものも、早期発見ならば根絶できる可能性が生まれたこの時代。


癌すらも人類は克服し始めていた。

免疫の働きを阻害する癌細胞。

これは、癌細胞を覆うように張り巡らされたT細胞が、免疫を味方と誤認させて攻撃対象にならないようにしていたために根治が難しいとされていた。


その癌を覆うT細胞を破壊するために作られた薬、それがベルセルクの原型だった。

発見したのは本当に偶然、それでも上手く行っていた。

T細胞の防御を失った癌細胞は免疫によって退治され、臨床試験が終われば特効薬として医療の現場で使われるはずだった。

しかし、思わぬ副作用が臨床試験中に発見された。


――凶暴化


投薬されたマウスはたちどころに癌を縮小させ、完治した。

だが、攻撃性が増して襲い掛かってくるようになったのだ。


これでは人体に使うことは出来ない……そう思った時、あの男が……。

鉄心が兵器として使えるのではないかと言い出したのだ。


(私はそれに乗ってしまった……)

試みは確かに上手く行った。

様々な組織がこの薬の研究に携わりたいと申し出てきた。

次々と手に入る多額の金。

罪悪感は次第に薄れていき、彼女はハーレムを作り、目を背けてきた。


(その報いね……)

溜息を一つ吐き出し、綾は引き出しの奥にあるスイッチを静かに押し込んだ。

それは実験の産物を外部に漏らさない措置。

機密保持よりも鼠算式に増える感染者を抹消するためのもの。

あまりにも独善的で、あまりにも非道な緊急用のスイッチ。


この日、天保製薬と隔壁街を含んだ広範囲が地図上からその姿を消した。

多くの人々を巻き込んで……。

いつも皆様には感謝しております。

お付き合いいただきましてありがとうございます。

次回完結です!

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