第五話
予定より一日遅れました。
スミマセン。
どうぞお楽しみください。
連れてこられた場所は第一隔壁を望む街の一角。
隔壁内の街を一望できる場所に建っているビル。
――天保製薬本社ビル
蒼太たちはそこの地下にあるハイブのB4Fに連れてこられている。
バイオセーフティレベルは最高の4。
都市の地下にこのような巨大な施設があるなどとは誰が考えるだろうか。
B1はレベル1の施設で、一般的な新薬の製造や実験をする場所。
ここは所謂カモフラージュ的な場所で、一般の人の立ち入りも許可されている。
高校の職場見学なんかも行われている。
B2は研究所長の部屋にある隠し通路から入れる。
これ以降は地下に降りるほどレベルが上がり、蒼太たちの居るB4は様々な設備でもって徹底的に隔離され、簡単に実験体が逃げ出さないようになっている。
それだけヤバイ実験をしている場所という事である。
「蒼兄!」
「朱音、無事だったか」
「はい、いろいろ無事でないですが、概ね無事です!」
「よかった」
「ところで、そちらの方は誰です?」
「ああ、船で出会った恵里香だ。起きたら改めて紹介しよう」
「はいです」
久々の再会とお互いの無事を喜んだあと、今までの経緯を話し合う。
そうこうしているうちに恵里香の目が覚めた。
「うう……ここは?」
「くそったれ天保製薬の地下研究所だ」
「そう……ごめんなさい、私のせいで蒼太まで捕まっちゃって……」
「いいって事さ」
「……ごめんなさい、ところでそちらの方は……」
「このちみっちゃいのは従妹の朱音だ」
「ちみっちゃいは余計です! 初めましてです、小生の名前は常陸朱音です。」
「あなたが朱音ちゃんね、私は鮎川恵里香です。よろしくね」
「よろしくです!」
大雑把に自己紹介を終えた後、これからどうするかを話し合う。
捕まってるわけだから脱出するという選択しかないのだが、ここに来るまでの道をしっかり見ていた蒼太はその厳重さを目の当たりにしている。
船の時とは違って一筋縄ではいかないのは予想の範囲だ。
分厚い扉は蒼太の力をもってしても破壊は難しく、よしんば破壊できたとしても簡単には抜け出せない。
とりあえず機会を探るしかないかという結論に落ち着いたところで来訪者があった。
「よう、調子はどうだ?」
「? お前は誰だ」
「あ、この声はあの時の指揮官です!」
「アンときゃ手荒な真似して悪かったな嬢ちゃん。でもよ、ウチの部隊も半壊したんだ。お互い様って事で」
「……その指揮官様が何のようだ?」
スッと蒼太の目が細められ、声のトーンが低くなる。
恵里香と朱音は部屋の温度が下がったような気がしてほんの少しだけ身震いした。
「っ! ちょっと挨拶にな」
一瞬怯みそうになったが、指揮官の男は気合で何事もない様に振舞う。
「そいつはご丁寧にドーモ、用が済んだなら消えな」
「蒼太……」
未だかつて経験したことのないくらいの蒼太の変貌に二人は驚き戸惑っていた。
船の上で助けてもらった恵里香はもとより、小さいころから付き合いのある朱音すらも見たことが無い冷たい表情には軽い恐怖すら覚える。
「連れないな、俺はお前にも用があるんだよ」
このような状況においても普通に話しかける事が出来る指揮官の男の胆力は流石というべきか。
「早く言え」
「ちっ、こんな状況でよくそんな口が利けるな……まあいい、まずは素顔を見せてやらなきゃな」
「別にそんな必要は……エルマー!?」
「うそ……あの時死んだはずじゃ……」
メットとゴーグルが外され、その下にあった素顔を見て恵里香と蒼太は驚愕する。
船の上で死んだはずのエルマーが目の前に居たのだから。
「俺の名前はビル・トンプソン、エルマーは双子の兄だ」
「化けて出たわけじゃないってか。で? 恨み節の一つでも聞かせてくれるのか?」
驚きの方が勝ったのか、先ほどのような雰囲気は薄れていた。
「いや、アイツは腐っても軍人だ。任務中の死については何も言えねえ」
「じゃあなんだ」
「一応アイツを潰した相手を見ておきたくてな、よくわかった。……それと、すまなかった」
「兄をアイツ呼ばわりか……何故謝る?」
「気にすんな……俺の用事はこれで終わりだ、邪魔したな」
そう言ってビルは踵を返していなくなってしまう。
後に残された三人は狐につままれたような気分で首を傾げるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――本社ビル、社長室。
「邪魔するぜ」
「ノックもせずに失礼だぞ、ビル」
「硬い事言うなよ鉄心さん、社長は?」
「只今お楽しみ中だ、用があるなら後にするか私に言え」
「お盛んなこって、なら終わるまで勝手に待たせてもらう」
そう言ってビルは遠慮なくソファに座り、置いてあったウィスキーをあおる。
「(ちっ、傭兵風情が偉そうに)」
「何か言ったか?」
「いや、なにも」
ビルが待つこと30分、ようやく社長が奥の部屋から顔を出す。
天保製薬社長、山城綾。
40に差し掛かろうという年齢にも関わらず、お楽しみの後故かほんのりとピンク色に上気したハリのある美しい肌は、妖艶な雰囲気を放っている。
扉の奥にチラと見えたベッドの上には、女性が複数人ぐったり横たわっていた。
(色狂いのレズビアンか……)
ビルは気取られない程度に眉を顰め、口の中でつぶやく。
「ビルか、待たせたようだな」
「社長、お召し物を」
「ありがとう鉄心。して、なにか緊急の用事でも?」
手渡されたローブを羽織り、綾は簡単に居ずまいを正す。
「なに、今はそこまで重要じゃない。今は……な」
「……どういうことだ?」
「俺は忠告に来たんだ」
「忠告?」
「ああ、アンタに言われて俺やアンタの部下が連れてきた三人のことだ」
「キサマ、雇われの分際で社長になんて口の利き方だ!」
「下がれ鉄心」
口調は穏やかだったが、射殺すような視線にほんの少し込められた殺気が鉄心の二の句を遮り、下がらせる。
「おお、怖い怖い。……俺はさっきその三人に会ってきた」
「ほう?」
「単刀直入にいう、あの男は駄目だ」
「難しい日本語を知っているな、お前は。して、駄目とは?」
「これでも日本はそれなりに長いんでね。で、駄目な理由だが……アイツは獣だ、しかも群れを大切にするWolfだ。とびっきりの牙を隠している、下手したら毒ももっているかもしれん。だが、今は安全だ」
「何故そう言える?」
「今言っただろう? アイツはWolfなんだ。家族や知り合いに手を出さん限りは大人しいさ」
これが蒼太を見たビルの率直な感想。
直接会って目を見て、言葉を交わして感じた素直な気持ち。
アレは決して折れず、曲がらず、どのような理不尽な事があっても自分の大切な番や家族を守る気高き獣。
自分に対する危害ならばそこそこの所までは許容するだろう。
勿論自衛はしてくるだろうが、降りかかる火の粉を払えば落ち着く程度のものだ。
だがもし、もし彼の大切な何かに危害が及んだら。
その時は脅威となるもの全てを自分が安心できると思えるまで徹底的に潰しにかかってくるだろう。
実際ビルはあの時安堵していた。
――壁越しでよかったと。
朱音を直接捕まえたのはビルの部隊、ビルはそこの指揮官。
そのことを蒼太が知った瞬間、まるで銃口を眉間に突き付けられているような鋭い殺気が彼を襲っていた。
その場では悟られぬよう必死に表情を崩さなかったが、背中は冷汗でびっしょり濡れていたのだ。
遮るものが無い状態で対峙していたならば、完全に武装をして構えていても引き金を引く前にあっさりと首をへし折られていたであろう。
(数多の戦場を駆け、幾つもの死線を潜り抜けて死神と呼ばれた俺が死を覚悟した……か)
先ほどの鋭い殺気を思い出し、思わず笑いが出そうになる。
(死を司る神に死を覚悟させるアイツは正真正銘の化け物か……笑えてくる……)
目を閉じて即座に頭に浮かぶのは、まるで物を見ているような蒼太の冷たい目線。
人間ならば少なからず忌避するであろう殺人という行動をいとも簡単に行う殺人者の目。
日本人なら特に忌避するその感覚を一切感じさせない目は、戦地で嫌というほど見てきた。
その視線にさらされた瞬間、ビルは自分が死ぬという光景を体験したかのように幻視できたのだ。
「なるほど……な、よくわかった」
「そういうわけで、あの女二人はアイツの首輪と枷だ。おいそれと外すなよ?」
「死神と呼ばれたお前にそこまで言わせるのだ、肝に銘じよう」
「そうしてくれると助かる」
「忠告は以上か?」
「ああ」
言いたいことは全て言った、これを守れないならこの支部に用はないと出口に向かい、ドアに手をかけたところでビルは「そう言えば」と振り返る。
「っと、忘れてた。もう一つ、これは忠告ではないが」
「なんだ?」
「万が一アイツの首輪を外すような事が起こった場合、俺はこの仕事を下りる」
「なんだと? キサマ、それは無責任ではないのか!?」
ビルの発言に驚いた鉄心が思わず口を挟む。
綾はそれを無視して続きを促す。
「理由は?」
「さっきも言ったが、首輪が外れれば間違いなくこの組織は潰される。ここだけじゃない、全ての組織がな」
「そんなことが出来るはずがない!」
「鉄心!」
「す、すみません……」
「続けろ」
「そうなったら誰が俺たちの給料を払ってくれるんだ? それに、組織の一員と見做されれば俺も、俺の部隊も纏めてやられるだろう。命は金より重いんだ」
「わかった……万が一の時は好きにしろ」
「そういうとこは好感持てるぜ、くれぐれもアイツの家族と知り合いに危害を加えるな。実験するなと言ってるわけじゃない、死んだり、壊れたりするような事は避けろという意味だ。じゃあな、宜しく頼んだぜ社長さん」
今度こそ話は終わりだとビルは振り返ることなく社長室を後にする。
二人が残された部屋は重い沈黙に支配されていた。
「鉄心」
「なんでしょうか」
「ビルの忠告、どう思う?」
「少し怯え過ぎかと、死神と呼ばれた歴戦の傭兵が聞いて呆れます」
「逆に、そのような男にそこまで言わせるのだ……気を付けて損はなさそうだが?」
「それは……そうですが……そうなると実験の種類がかなり減ってしまいます」
「それは仕方ないだろう。まず当たり障りのない実験と検査で様子を見ながら段階を踏んでいってくれ」
「……かしこまりました」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(まったく、なんなんだアイツは!)
地下へと続くエレベーターの中で鉄心は憤慨していた。
(エルマーが失敗したあと、衛星で場所を特定し、漁師のふりをして発信機を渡し、数日かけて準備をして罠に嵌め、捕らえたのは私の功績だ!)
ガン! と壁を殴り、やり場のない怒りをぶつける。
しかし、その程度で収まる筈はない。
(確かにアイツも一体捕まえてきたが、苦労して捕まえた奴らを丁寧に扱うだと? ふざけるな!!)
手の皮が擦りむけ、うっすらと血がにじむが構う事はない。
(三体も居るのだから一体や二体壊れたところでどうって事はない! それをあの臆病者の傭兵が!)
ギリギリと歯を食いしばり、額には血管が浮き上がって、かなり血圧が上がっているのが見て取れる。
(山城の腐れ女もそうだ! あの臆病者の言葉を鵜呑みにし、軽い実験と検査から始めろと? 何もわかっちゃいない!!)
余りに興奮しすぎたのか、鉄心は心臓のあたりを押さえて呼吸が荒くなる。
即座に何かの錠剤を取り出して飲み込むと幾分か落ち着いてきたようだ。
(アイツさえ、アイツさえ完成すればすべてをひっくり返せる……私がここの社長に成り代わることだってできる……今は耐えるべきか……くそ!)
もう一度壁を強く殴り、なんとか憤りを抑え付けた鉄心はそのままB4に降りていくのだった。
今回は主人公パーティ空気でした。
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お付き合いありがとうございました。
次回は日曜あたりにあげたいなあ




