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Mortal Luxury Cruise Ships  作者: 江上 那智
第二章 朱音
14/22

第五話エピローグ

一時間遅れ

なんとか予定日に間に合った……

BARにあった水道で簡単に返り血を落としたあと着替えを済ませる朱音。

ついでに洗ったレインコートとマスクをかぶり、手に斧を持つ。

最近のいつもの恰好、なんとなく着ていないと落ち着かないのだ。

脳波が判断基準になっているなら凶暴体は多分もう関心を示さないだろう。

自分も感染者だ。


ただステルスになってない状態で外に出るのは、ほんの少し勇気が入った。

変なところで度胸が据わってるが、朱音は元来臆病で慎重。

いくら「俺は人間を辞めるぞ!」的な事が起きたとはいえついさっきだ。

いまいち実感がわかないのも仕方ない。


(どこか変わったかと言われたら……頭痛が無くなったくらいです?)

とまあこの程度の認識しか無い訳で。

大の男相手に大立ち回りどころか一方的な虐殺になっていた事すらもう頭に無いのではないだろうか?


(今日は豚さんのお肉が食べたいです)

うん、間違いなく無い。



外へ出ると日が傾いていた。

間もなく夕から夜へとさしかかるであろう時間帯。

少しずつ闇色に変わっていく空がなんとも幻想的だ。

朱音はというと、完全に暗くなったら街灯以外の灯りが殆どなくなって面倒だと考え、さっさとスーパーで食材を調達してその日の宿探し。

完全に日が落ちたあたりで鍵が開いている良さそうな家を発見し、そこで今日一日の終わりとなった。


家に入ると即座に手を洗い残っていた米を一合だけ炊いて、その間にジャガイモを刻んで軽く油で炒め、煮込んでおく。

炒めたのは煮崩れを防止するため。

次にさっくりと豚の生姜焼きを作り、イモに火が通ったところでワカメと豆腐を入れて下がった分の温度を温めなおし、冷蔵庫から拝借した味噌で調整する。

沸騰する前に火を止めたら味噌汁完成。

ちなみに朱音は、煮崩れしたイモが気分的に嫌なので普段からこうしているだけ。

単に好みの問題だ。


やっとありつけた食事に舌鼓をうち、その後準備しておいた風呂につかる。

程よい温かさが昼間の穢れを洗い流してくれる気がした。

身体を洗いながら鏡を見つめ、改めてマジマジと変化を探す。


(んー、特に変わったこと……ないですね)

あれだけの力が出たにもかかわらず身体的変化は見当たらない。

相変わらず小柄で程よく肉のついた身体、見慣れた自分の身体に他ならない。

一部は少々邪魔臭く感じるほどついているが。


(凶暴体は赤い目をしていたですが……普通です)

隅々までしっかりと洗い、もう一度湯に入って息をつく。

今考えているのはBARを出てからここまでの事。


(凶暴体どころかゾンビにも見向きされなかったですよ)

予想通りどちらも一切反応を示さなかった。

何らかの形で感染者と非感染者を見分けているのが確定した。

ゾンビは音と臭いで間違いない。

凶暴体はやはり脳波だろう、自分が同じになったおかげで感知されなくなったのは喜んでいいものやら。

そんなこんなで普通に街を歩くのと変わらない状況を手に入れることが出来たのだから、まあ喜んでいい部類に入る筈。


ただ、他の個体を見ているとどうして自分に発症前と同じ思考力が残っているのかも疑問に思う。

顔を口元まで湯につけ、ブクブクと息で泡立てながら考える朱音。

一体自分とほかの凶暴体と何が違ったのだろうか。


(考えてもわからないです、これは小生の運の良さに感謝です)

感染している段階で運は良くないと思うがそこは突っ込まないであげて欲しい。


余談だが、実はというと蒼太と恵里香も手を出さなければ(・・・・・・・・)襲われなかった。

彼らは自分たちが凶暴体(レイジ)になっている事は知らなかったので仕方ない事なのだが。

言ってしまえば徒労である。

実際人間同士でも敵対すれば反撃される、つまりはそういう事なのだ。

指揮個体に命令されているのは別だということも補足しておく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



特に周りの目を気にする必要が無くなった朱音は順調に歩を進め、壁にたどり着いていた。

近づけば近づくほど、その高さと重厚さにため息が出そうになる。

10Mは跳躍出来る可能性があるので最低でもそれ以上は高くしないといけないのは分かるのだが……。


(これはやり過ぎだと思うです、進撃してくる者から街を守れそうです)

そっと壁に手を触れてみる。

金属製の冷たい壁、厚さは何ミリあるんだろうか。


(……ちょっと殴ってみるです?)

おもむろに拳を握り、冗談で済ませられる程度の力を込めて殴る。

ガギン! と音が響き渡ったが当然のごとく壁は壊れない。

……少しヘコんだが。


(ひょわ! 軽くでヘコんだです。厚さがわからないですが、普通に人殴ったら多分頭パーンするですよコレぇ)

当の本人は少し擦りむけた程度。

改めて人間辞めたんだなぁと朱音は実感した。


ともかく、越えられない壊せないとなるとスレ住人が言ったように地下通るしか無いように思える。

ただ、乙女的に下水を通るのは最後の手段にしたいので、まず綻びが無いか探すことにした。


暫く歩いていると不意に壁の向こうから叫び声が聞こえた。

咄嗟に身を隠し、様子を窺うと壁の一部が開いて向こうには完全に武装した人物二人。

そのほかに数人の人が銃を突き付けられていた。


「止めてくれ! 俺はまだ発症していない!」


「こんなの酷過ぎるわ!」


「薬があれば発症しないんだ!」


「大体あの薬が高すぎるのがイケないすがいっ!」

乾いた音が鳴り響き、一人の男の首から上に赤い花が咲いた。

容赦なく発砲され、絶命した男の姿を見た残りの人間は息をのむ。


「ひ、人殺し!」


「そ、そうよ! 横暴だわ!」


「感染者は人権すら認められないというのか!」

非難の声を浴びせられるが、武装した二人は一言も発することなく照準を合わせる。


「ひ……」


「わ、わかったわよ……」


「お、お前たちだって感染して薬が買えなければこうなるんだ! すこしは温情をかけふっ!」

諦めきれなかったもう一人の男の頭にも赤い花が咲く。

残った二人はそれを見て完全に勢いをなくし、うなだれながら街の中心に向かって歩いて行った。


再び扉は硬く閉ざされる。

発砲音に反応し、ちらほらとゾンビが近づくのが見えたが、それらは発生源が特定できなかったのかフラフラとどこかに消えた。


(薬です? 発症を抑える薬があるですか? 小生にはもう関係ないですね……それよりも今は脱出です、アレは使えそうです)

凶暴化発症を抑える薬が買えなかった者をここに連れてくる。

武装したのは二人。

それくらいなら無力化出来るかもしれないし、そうじゃなくても隙をついて抜ける事は今の朱音ならば可能だろう。

人間の足で追いつけるとは思えない。


(次が来るのを待つです……連れてこられた人には悪いですけど)

待つこと数十分、ついにその時が訪れる。

次に連れてこられたのは男一人。

顔色がかなり悪い、多分末期なのだろう。

男が扉をくぐり、武装した二人が後ろを向いた瞬間に走り出す。


一人を蹴り飛ばし、慌てて振り返ったもう一人を腹パンで黙らせて抜け出そうとしたところで足が止まる。


「……なんで……です?」

そこには銃を構えて取り囲む集団がいた。


「As reported。HEY! Can you speak English?」


「え? えーと……のーあいきゃん?」


「HA! そうかいそうかい」


「日本語喋れるです!?」


「ああ。それより、なんで俺たちが待ち構えていたか気になるよな」


「……」


「アレだよ」

指を差された方を見れば壁に設置された小さなカメラ。


「お前が向こうに居たのは部下の報告で分かっていた、余裕で二人無力化されたのは驚いたがな」


「小生をどうするです?」


「上の意向は生け捕りだな。お前発症してるだろ、暴走せずに」


「……してないです」


「冗談言っちゃいけねえ、あの力は異常だ。見ろ」

先ほど無力化した武装した二人、蹴り飛ばした方は首があらぬ方を向いている。

腹パンした方は血を吐いて動かない。


「わかったか? お前はモンスターなんだよ。俺としちゃ、そんな奴とドンパチやりたかねえ。大人しくついてきちゃくれねえか?」

改めて人から言われれば流石にクるものがある。


「嫌だといったらどうなるです?」


「生きてるなら手足くらい壊してもいいと言われてる」


「……それでも従う気はないです」


「ああ、そうだろうさ。……Open fire!!」

隊長の男が右手を上げて部隊に号令を出す。


「こんなもの!」

発砲と同時に朱音は横に駆け出す。

勢いを殺さないよう壁を蹴ってベクトルを変え、部隊の端を崩しにかかった。


前ならこんな動きは出来なかった。

学校で体育の授業はいつも憂鬱な時間。

ランニングなんかはその最たるもので、必ず最後を飾る。

止めてくれればいいものを最後まで走らされ、クラスの男子からは上下に大きく揺れる双丘を好奇の目で見られるのだ。

それが今はどうだろう、思うように身体が動き自分のイメージを反映してくれる。

これほど嬉しく、幸福感を感じたことはない。


「体が軽いです。こんな幸せな気持ちで身体を動かすなんて初めてです……もう何も怖くないです!」

一番端に居た兵士の腕を切り飛ばし、持って居た銃を奪う。

斧をベルトに差して腕を失った兵士の首を捕まえて自分の身体の前に持ってくる。


「Cut it out!! Cease fire! Aaaaaaaaa!!」


「盾にしてごめんなさいです」

まったく感情の籠っていない謝罪をしながら、死体()ごしに銃を構えて引き金を引いた。

短機関銃は軽快な音を立てながら射線上に居るものすべてに等しく死をばら撒き始める。


「Move out! Hurry!!」

隊長はその光景に慌てて散開の指示を出し、固まらないようにする。

的確な判断だ。


「Keep shooting!!」

一か所にとどまらないようにしながらも撃ち続けてくる、盾はそろそろ限界だ。


「ちっです!」

自分は今人を盾にしながら人を殺している、それなのに頭はクリアで忌避感なぞ微塵も感じない。

先に四人殺しているのだから今さらだ。


朱音も的を絞らせないように動きながら、ボロボロになった盾を相手に投げつける。

躱しきれずに一人巻き込むことが出来た、覆いかぶさるミンチな仲間に慌てているのが滑稽だ。


銃の弾が尽き、投げ捨てたあと再び斧に持ち替えて切り込む。

囲んでいた部隊のおよそ半分を倒した所で事態が次の段階に動いた。


「Throwing stun grenade!」

隊長の号令が響き、手りゅう弾が投げ込まれる。

拙い! と思った時にはすでに遅く、目を焼かれてしまう。


「Electromagnetic net!!」

激しい光によって視界を奪われ、身動きが取れなくなったところに網が放たれた。


「なんですこれ? 網です!? こんなの……きゃあああああああああ!!」

掴んだ感触から網と判断し、引きちぎろうと力を込めた瞬間朱音の全身に電流が流れ込んできた。

強烈な電気の奔流に抗う事が出来ず、ついに朱音は意識を手放してしまう。


「ち、俺の部隊が半壊かよ……忌々しいモンスターめ……」

隊長の男はそう毒づいたあと朱音に蹴りを入れて完全に気絶しているのを確かめ、袋詰めにして車に積み、雇い主がいる拠点へと帰って行った。



これで第二章は終わりです。

次回から主人公が帰ってきます。

つたないですがお付き合いありがとうございました。

次回は……火曜にでも。

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