第四話
お待たせしました。
どうぞお楽しみください。
個人的にはR18でもいいかもしれない回
15と18の境目が難しい……。
――斬る、砕く、斬る、砕く。
(……)
――集める、塗る、集める、被る。
(……)
――歩く、歩く、歩く……どこに?
(頭が……痛いです……蒼兄……会いたいですよ……)
家を出てから壁に向かう事今日で六日目。
ステルスの作成作業は慣れた。
慣れてしまった。
食事、排泄、睡眠とステルスを外す必要がある度に解体する。
数にしたらここ数日で二桁は解体している。
(何も……感じなくなってしまったですよ……)
自分の心の変化に驚愕し、同時に絶望した。
四日目の夜あたりから起き始めた偏頭痛も心の機微を減らす一端を担っている。
動けないほどではない、でもズキズキと病む。
それが余計な事を考えないようにしてしまっている。
(あ……拙いですよ、意識が……)
頭痛が起き始めてから今までも何度かあった。
不意に意識が遠のく瞬間。
その度に蒼太の事を考えては強制的に意識を戻していた。
(意識を失ったらおしまい……そんな気がするですよ……蒼兄……蒼兄……)
フラフラと覚束ない足取り、それでいて目的地にはしっかりと向かい続ける。
ステルス装備が無ければとっくにゾンビの仲間入りをしていたであろう。
人型のものを壊すことに心は痛まなくなってしまったが、その原因になったステルスには感謝しかない。
見つかる可能性を減らすために徹底的に徒歩で進んできた。
時間にすればあと一日二日あれば壁までたどり着けるであろう所まで来ている。
折角ここまで頑張ったのだ、あきらめる道理はない。
あれから何度か凶暴体にも出会ったが、皆初めて会った凶暴体と同じリアクションで離れていく。
何で判断しているのだろう?
呼吸は凶暴体もしているので違うと思われる。
臭いは多分判断基準の一つだろう。
何かで別種と判断して臭いで同種と誤認、そして首を傾げて離れていく。
音は興味を引く程度、ゾンビは音で寄ってくる。
ゾンビに知能があるとするなら三歳児程度だろうか。
少し余裕が出てきてはいたので凶暴体を観察してみたが、最初に感じたように日常をトレースしている。
あくまでトレースだ。
そこに何かがあるわけではなく、ただいつも行っていた事を繰り返すだけ。
勿論正体がバレれば襲われるだろうが、そうじゃない限りは無害なことも分かった。
脳に異常をきたしているのではないか? 狂牛病や狂犬病のように。
(脳に異常……脳?)
昔どこかで見たか聞いたか読んだことがある。
脳が電波を発していると。
――脳波
たしかそう言っていた。
凶暴体はこの脳波を感知しているのでは? と、ここまで考えたところで頭痛が悪化してきた。
(頭痛……です?)
嫌な予感がした。
思い返せば初めてゾンビを解体してから六日。
凶暴化の発症までの期間はゾンビスレで個人差含め大体5~7日。
頭痛がし始めたのはいつから? 四日目の夜から……。
自分は初めて解体したときどんな格好をしていた? 手袋ははめていた? レインコートは着ていた? マスクはどうだった?
(なにも……つけてなかったです!?)
そこが思い出せない。
精神的に追い詰められていたから余裕が無かったと言えばそうだ。
もしこの頭痛が発症の兆候だというなら時期が合ってしまう。
(小生も……アレみたく?)
吐き気がした。
自分がただただ日常を繰り返すだけの病人になってしまう。
ゾンビと比べればマシなのだろうか、それはわからない。
どっちもどっちだろう。
この人を襲う奇妙な病気は脳に影響を及ぼすのだと先の考察で朱音はほぼ確信している。
どの程度の思考力が残るのか、ゾンビよりは考えて動ける。
その程度がどれほどのものなのか、なった人で今まで会話できるほどの相手は居なかった。
ひょっとしたら言語野に障害がでるから喋れないだけで、実は普通に過ごせるのではないか?
これは希望的な観測だ。
脳の専門家でもこの病気での影響は答えられないだろう。
(……あは、思考がすでに凶暴体の仲間になる方向に行ってるですよ……いやだよう……ゾンビに……なりたくないよう……)
ズキズキ痛む頭に感染しているとしか思えない状況、心が折れそうになるには十分だ。
それでも足は壁を目指している……と、不意にお腹が鳴った。
(おなかすいたです……ゾンビ狩らないと……)
食料は既に持ってきた分は無い。
なので、コンビニかスーパーどちらか近い方に行くことに。
その後、調達した食材を持って空き家で調理するのがここ数日のパターンである。
適当なものを見繕い、次は空き家探しだと店内を出ようとした時、朱音は頭部に強い衝撃を受けてそのまま昏倒した……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(ん……ここは?)
薄暗い地下室のような部屋で目を覚ました。
どうやら椅子に座らされているらしい、腕を縛られているようで少し不自由だ。
状況的に拉致された以外考えられない。
とりあえずまだ気絶しているふりをしながら目線のみで周囲を確認する。
カウンターの奥には酒類が置いてある棚。
長椅子やテーブル、ボックス席などが並んでいる。
多分ここはBARなのだろう。
「なかなか起きねえな」
入り口近くの席に座っていた体育系でガタイの良い髭面の人物が声をあげる。
「兄貴が思いっきり殴るから死んだんじゃないですかい?」
髭を兄貴と呼んだのは線の細い長身の男。
「言うなって、息はしてたから生きてるとは思う」
「まあ、気長に待ちますかね」
口ぶりからすると朱音を気絶させてここに運び込み、拘束した犯人だろう。
「やっぱり食料漁っていたから人間でしたね」
「あの格好じゃ勘違いしてもおかしくないわな」
「普通にジェイソンみたいでしたからね。いやあ、背格好から女だと思ってましたが、アタリでしたね」
「まさかこんな上玉だとはなぁ」
「ラッキーでしたね」
「だな」
「「はははははは!」」
会話内容を聞いてハッと自分の姿を確認する。
ステルスを外されている。
それだけならまだいい。
――何も着ていない。
それこそ下着すらも全て外され、あられもない姿で拘束されていたのだ。
「ひう!」
「ん? 起きたようだな」
「生きてましたね」
「起きてくれねえと困るのよ、意識ねえ女ヤッても面白くねえし死姦の趣味はねえしな」
「あ、貴方たちなんなんです!?」
「なんだ? と言われてもなぁ」
「強いて言うなら生き残りの市民ですかね?」
「こんなことしてタダですむと思ってるです!?」
「思ってるからやってんじゃねえか、面白れえ事言うな嬢ちゃん」
「壁で封鎖されて外から見捨てられて、いつ死ぬかもわからないんですよ?」
「だったら欲望に忠実にしても罰はあたんねえよな」
封鎖区域、所謂治外法権。
日本の法律は当てにならず、この中で行われた犯罪は全て黙認。
わかっていた、わかっていたはずだがやはり信じられない。
生存者ならば手を取り合って脱出するのが筋ではないか?
「り、良心の呵責はないですか!」
「良心ね……目の前で友人が食われて、慌てて救出したら襲われて……その他の友人を含めて何人も殺したらそんな気はもう無くなるってよ」
「アタシは兄弟でしたねえ……見知った顔に襲われるのは堪えましたよ?」
「あ……」
この人たちはもう色々捨ててきたのだ。
大切な人も、人としての大切なものも。
そうやって感染することなく生き延びてきた。
だからもう好きにやって、そしていつ死んでもいいと思っているのだ。
ある意味人間らしく、前に進むのを諦めたから今をやりたいように生きている。
これも正しい姿なのだろう。
決して褒められたものでは無いが……。
「嬢ちゃんが起きるの結構待ってたんだぜ?」
「アタシは別に気絶してても良かったんですが、兄貴が起きてた方がいいから我慢してましたね」
「もう我慢しなくていいぜ」
「存分に楽しませてもらいますかね」
「ひ……や……」
「安心しなって、直にそっちからおねだりするようになるからよ」
「アタシたちも溜まってるんで優しくしてあげられる保証はありませんがね」
「や……やめ、んぐ!」
まるで壊れても仕方なしと言えるほど乱雑に二人は朱音に襲い掛かってきた。
「ん~! ん~!」
これならばゾンビに食われた方がマシと思えるほどの不快感。
身動きの取れない身体を好き勝手にする。
その口臭が吐き気を催す、何日も入浴していないだろう体臭が、相手を気遣う素振りも見せない行為が次第に嫌悪から怒りに変わる。
何故こんな事をされているのか? 何故こんな目に遭っているのか?
ゾンビのように自分を貪るコイツらは果たして人間なのか?
否、断じて否! これはただの獣だ、人間なんかじゃない! だったらどうするか、答えは出ている。
(殺してやるです!)
朱音の頭は殺意で満たされていた。
彼女本来の性格ならばこのような事は考えなかったであろう。
度重なる人型の解体、気の休まらない日々、そして……会いたい人に会えない孤独……。
これらが積み重なり朱音という人格はボロボロになっていた。
そこに来てこの出来事、最後をラインを越えたところで誰が責められようか。
最後の砦を越えられそうになった時、朱音の身体は自然に動いた。
今まさに穢されるという寸でのところで覆いかぶさる髭男を蹴り飛ばしたのだ。
小柄な女の子が出したとは思えないほどの力で髭男は吹き飛ばされ、壁に激突して呻いてる。
細男はその光景を唖然と見ていたが、何が起きたかを理解して朱音に怒鳴り声をあげる。
「な、なにをするんです!?」
「うるさいですよ」
「は? げぇ!!」
髭男を飛ばした時とは違う。
立ち上がり、しっかりとした状態で振るわれた蹴りの一撃は細男の肋骨を砕く。
おそらく胃が破裂して折れた骨が肺に刺さったのだろう、大量の血を吐き出して痙攣したあと動かなくなった。
力任せに腕を縛る縄を引きちぎった朱音はゆっくりとした足取りで未だ呻く髭男の下へと近づいていく。
その目は赤い光を宿していた。
「小便はすませたです? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOKです?」
一度は言ってみたかったセリフ、この辺は朱音らしい。
「は、は……わ、わるかった! 許してくれ!」
「……小生の服はどこです?」
「あ、あっちのカウンターの所だ!」
「斧もです?」
「ああ、武器も含めて全部そこにある」
「ふーん……」
「た、助けてくれるのか?」
「それは貴女の子分に聞いて欲しいです」
「え?」
髭男は朱音に言われて細男に目を向ける。
そこには白く濁った眼で二人を見つめるゾンビが居た。
生者と死者ではウイルスが回る速度が違うのか、随分と早くゾンビ化したものだ。
「……やっぱり小生は何処かで感染していたですか……そんな小生とすればああなる道理です」
あれだけ怯えていたが、今はとても清々しい気分で満たされている。
懸念していた自我もしっかりと残っているし会話も出来る。
人間を殺したというのに心が痛むこともなかった。
それに対してはちょっとだけ悲しくなりながらも、狙いを定めて突進してくるゾンビをひらりと躱す。
避けた先には髭男がいる。
「ひ、やめ! あぎゃああああ!!」
「畜生にふさわしい最後です……コレもゾンビになったら面倒です、砕いておくです」
髭男に噛みつく細男の頭を拾ってきた斧でかち割り、引きはがす。
まだ息がある、随分しぶとい男だ。
「ひ……ひ……いやだ……死にたくねえ……」
「ゾンビになられても嫌なので死ぬです」
「死にたひゃあらばっ!」
命乞いをしている人間の頭を斧で割る、そんな行為もやはり気に病むことは無い。
今朱音が考えている事は……。
「蒼兄、こんな風になった小生を受け入れてくれるですか? ……怖いです……あ、結局ごはん食べてれてないです! お腹すいたですよ……」
朱音はやはり朱音だった。
今回は描写が詳細過ぎて危うくR18になるところでした(笑)
かなりあっさり(?)に書き直して予告した曜日に間に合わないところでしたよ。
こんな事なら18にしておけば……
お付き合いいただき有難うございました。
次回は日曜までに更新できればいいなあ。




