表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Mortal Luxury Cruise Ships  作者: 江上 那智
第二章 朱音
12/22

第三話

お待たせしました。

第三話お楽しみください。

朝を迎えた朱音はシャワーを浴びていた。


(酷い顔です……)

鏡で確認した自分の顔は、まるでゾンビのようではないかと自嘲する。


着替えを済ますと朝食もそこそこにフラフラと惨劇の跡地に向かい、バケツを手にする。

部屋の中をこれ以上汚すのも憚られたので周辺をしっかり確認して庭で作業することにした。


先に鞄を背負い、その上からレインコートを着込み、ガスマスクを装着して新しいゴム手をはめる。

カタカタと震える手を制し、掬い上げた肉塊を塗りたくっていく。

背中は塗ることが出来ないのでバケツをひっくり返して浴びるようにした。

全身を赤黒い色で染め上げ、護身用に破砕斧を持つ。


姿見で確認したならば映画に出てくる殺人鬼のような様相になっている事だろう。

この汚れた格好ではもう家の中に入るのは遠慮したい。

それはつまり、もうこの家には帰らないという事だ。


(よし……行くです……)

事前に確認した情報によれば、数日は晴れ。

移動するなら今しかない。


家の敷地から外の道を眺めると溢れかえる程ではないが、かなり多くのゾンビが見て取れる。

スレ住人の言葉を信じて、自分の為に犠牲になった子供ゾンビを信じて境界線を一歩踏み出した。


(くう……はあ、はあ……見向きされてないです……情報は間違いないです!)

嬉々として外の世界へと繰り出す朱音。

小走りでもしそうなほどだが、ほかのゾンビたちが普通に歩く速度と大差ないのでそれに倣う。

いくらバレないと言ってもほんの少しの違いでおじゃんになる可能性だってあるのだから。


(……こうしてみると凶暴体と言われてるのが居ないですね、ゾンビばかりです)

最初程ビクビクしなくはなったが、自分以外が敵となる場所では自然と周りを観察してしまう。

朱音が思った通り街を歩いているのは目に見える範囲全てゾンビ。

どう控えめに見ても死んでるとしか形容できないようなモノしかうろついてない事に違和感を覚えた。


(あ……)

第一村人ではないが初めて凶暴体と思われる個体を見つけた。


怪我の状態はもとより歩き方も格段に違う。

特筆すべきなのは一定の思考を持って行動しているとしか思えない事だろう。


(この家に住んでたですか?)

多分そこの家の持ち主だったと思われる凶暴体は家の門の前で伸びをした後中に入って行く。

玄関が開いた音が聞こえなかったので庭に向かったのだろう。

朱音は好奇心を刺激され、ちょっとくらいならと見に行くことにした。


(素振りです?)

庭で凶暴体は何をしているのか。

ゴルフクラブを手に持ってスウィングの練習をしているのだ。

日常的なシーンならば鼻歌の一つでも聞こえてきそうな場面だが、現在は無言。

ヒュンヒュンとクラブが風を切る音だけが響いている、かなり不気味だ。

数回振り回した後何かに気づいたような態度を見せ、唐突に朱音の方を振り返る。


(あ、あわわ……気づかれたです!?)

真っすぐと朱音に向かってくる凶暴体。

緊張で身体が硬直し、それでも恐怖で目線は切れずにいる。

真っ赤な目が朱音の顔を至近距離で見据える、ガスマスクなしで直接見ていたならば気絶する自信がある。

確かめるようにグルグルと周りをまわり、スンスンと鼻を鳴らした後首を傾げてもとに位置に戻り素振りを再開した。


完全に朱音に興味を失ったのか熱心に自分のフォームを確認しながらクラブを振るう。

もう一度興味を持たれたらと考えると、ここに留まって観察を続けようという気は起きるはずもない。

足早に、それでいて刺激しないように、早くゆっくり急ぐなんて器用な事をこなす朱音。

他のゾンビにも気を使いながらようやく安全と思われる場所にたどり着いた途端に足の力が抜けた。


(ひ、ひぃぃん……怖かったですよぉ……ちょっとちびりそうになったです……でも、さっきのはなんだったですか?)

落ち着いたところでさっきの光景を思い返せば違和感だらけなのである。

ゾンビスレの情報によれば凶暴体は病気に侵された生者という事なのだが……。


(あれはあの人の日常生活だったです? 凶暴体になった今でも同じことをなぞってるですか?)

次に疑問なのはなぜ気づかれたか。

ゾンビは全くと言っていいほど見向きしてこない、何を考えているのかフラフラと歩きまわるだけだ。

では凶暴体は? ゾンビと凶暴体の差は? 生きているのと死んでからも動いてるのの違い?


(凶暴体は見る限りで明らかに意思と思考を持ってるです……それが小生に気づいたかどうかの差ですか?)

確証はないがかなりいい線に行っていると思われる。

もう少し観察すれば何か分かったかもしれないが、あれ以上留まるのは危険だった。

足に力も戻ってきた。

答えを出すためにほかの凶暴体を観察するのもいいが、また今回のように気づかれでもしたら寿命がいくつあっても足りはしない。


兎に角今は少しでもあの壁に近づこう、それと並行して今日の寝床を探そう。

寝床にするなら少し気は引けるが主の居なくなった家に間借りするのが多分一番安全だろうと朱音は考える。

コンビニやスーパーなど店舗系は食料もあり、雨風をしのげる場所だが同じ考えを持つ者や避難所にも使われそうだ。

人が多く集まればトラブルも起きるだろう。

万一の時は人数で迎撃出来るかもしれないが、逆に集団であることが足かせにもなりうる。

ステルス装備をしている朱音からすれば一人の方が何かと都合がいいのだ。


(とりあえず、移動を再開するですよ!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



あれから暫くして日が傾き始めたころ、朱音は寝床とする家を発見していた。

凶暴体が生活している様子はなく無人。

部屋のあちこちに赤黒いシミや水たまりがあったけども無人といったら無人。

そこまでは良かったのだが、今朱音は由々しき事態に遭遇して頭を悩ませている。

いままでの出来事がかすむほどの重大な事件。


(これ……脱いだらどうやって着るですか!?)

そう、ゾンビステルス装備は優秀だった。

優秀すぎた、だからこその弊害。


直接触れれば感染の危険が高まるのでゴム手は外せない。

そうすると、一度脱いでしまえばどうやっても内側に体液が付着してしまう。

この便利な装備は二度と着ることが出来ない使い捨てだったのだ。

さらに事態は最悪を上乗せする。


(お、おしっこしたくなってきたですよ!)


――尿意


それはゾンビに溢れた世界ではなくとも文明人の共通の敵。

確かに街中の人間がゾンビなのだから漏らしたところで襲われる危険が上がるだけ。

それも十分な理由だが問題は本人の矜持というか……そう、尊厳の問題。

ゾンビしか居ないんだからやってしまえ! となれば人間としての大切な何か。

否! それ以上に乙女としての何かが崩れ去ってしまうのだ!


(くぬう! かくなる上は!!)

我慢の限界に達する前に新たなゾンビを仕留めるのが今の課題。

レインコートくらいならどこの家庭にも一着くらいあるだろうと瞬時に考えをまとめて外に出る。

ダムの決壊はもうすぐそこまで忍び寄ってきているから悠長にしている暇はない。

尿意に思考が持っていかれ、実は脱ぐ前にシャワーで洗えばいいという簡単な事には気づかなかったのは仕方ない事。

まあ、洗い流す程度で感染力が無くなる保証もない。

試す価値はあるが。

なににしても新しい体液が必要なのは変わらないのだからゾンビを確保しておくのは重要。


昨日あれだけ精神を害した行為だが、一度やってしまったものは二度も三度も一緒である。

なにより、今の朱音にはそんな事を気にしている余裕がないのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



(間に合ったですよほほぉぉぉ~)

あっさりとゾンビを確保した朱音は至福の時間を堪能していた。

あの葛藤は一体何だったのだろうかと突っ込みたくもなるが、人間切羽詰まればそんなものである。


人心地着き、レインコートも見つけたので昨日と同じようにバラすべくゾンビの死体(?)に向かう。

が、やはり手にした斧を振り上げては止めるを繰り返す朱音。


(……やっぱりなれないです……いや、なれたら人間として終わりな気がするですよ……)

……冷静になれば辛いものは辛い。

今やってる事は普通に見ても死者を嬲る行為。

そう考えると、自分は最低の人間なのではないか? という気持ちも沸き起こってくる。

まして、昼間に凶暴体の生活(?)を垣間見たならばなおのことだ。


あんなになっても日常を営んでいる……。

朱音の心は罪悪感でいっぱいだ、でも生きてココから脱出し蒼太に会う。

そう気持ちを定め、血が出そうなほど唇を硬く結んで作業に入る。

……今日も熟睡は出来なさそうだ。

ブックマークしてくださった方、評価つけてくださった方、感想をくださる皆様方。

大変ありがたいです!

お付き合いいただき有難うございます。

次の更新は金曜の予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ