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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第6章】 日常侵食編 ~復讐の駒と覚醒の賢者~

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第88話:姫君たちのワードローブ


クリスティーナ邸でのパーティー前日。

僕たちの小さなアパートは、まるでファッションショーのバックステージのような、甘い香りと熱気に包まれていた。

リビングの中央には、どこから運び込まれたのか、豪華な衣装ラックがずらりと並び、色とりどりのドレスが、宝石のようにきらめいている。


「さあ、アリア様! まずはこちらの、深紅のドレスからお試しになって!」

「待って、クリスティーナ先輩! 蓮には、こっちの純白のワンピースの方が、絶対に似合うって!」

クリスティーナと陽菜が、僕の両腕を掴み、それぞれが選んだドレスを、僕の身体に当てがいながら、火花を散らしている。


「い、いや、俺は別に、いつものパーカーで……。髪の色も、目立つし」

僕は、最後の抵抗として、まだ隠しているつもりの、最大の秘密をほのめかした。パーティーのような人目につく場所で、この銀髪を晒すわけにはいかない。


だが、その僕の言葉を聞いた瞬間、陽菜とクリスティーナ、そして友人たちの動きが、ぴたり、と止まった。

そして、彼女たちは、顔を見合わせると、どこか、とても、慈愛に満ちた、優しい目で、僕を見つめてきた。


「……蓮」

陽菜が、僕の手を、そっと握りしめた。

「もう、いいんだよ。隠さなくても」

「え?」


「そうですわ、アリア様」

クリスティーナも、反対の手を、優しく握ってくる。

「あなたの、その月光のようなお髪は、わたくしたちが知る、どんな宝石よりも美しい。それを、隠す必要など、どこにもありませんのよ」

「そ、そうだよ、アリアさん!」

「ずっと、大変だったんだよね……!」

ミカたちも、瞳を潤ませながら、うんうんと頷いている。


(……え? なんで、知ってるんだ!?)

僕の頭は、完全にパニックに陥った。

(ああ、蓮くん……こんな秘密も、ずっと一人で隠してきていたんだね。今まで、染めるのも大変だっただろうに……)

(なんて健気なのかしら、アリア様……!)

そんな、少女たちの、あまりにも見当違いな心の声が聞こえてきそうなほど、その場の空気は、感動と優しさで満ち満ちていた。


「さあ、アて様! フードは、もう必要ありませんわ!」

「絶対に、隠させないんだから!」

「「「うん!!」」」

少女たちの、固い団結の声。

僕の、最後の砦だったはずの「秘密」は、彼女たちの、あまりにも温かい(そして、少しだけズレた)思いやりの前に、あっさりと崩れ去った。


ソファの隅では、リリィが、陽菜に着せられた、小さなタキシード風の蝶ネクタイ付き首輪を、心底不満そうな顔で、前足でカリカリと引っ掻いていた。

(……こいつら、何もわかってないにゃ)

その隣では、ちびケイちゃんのホログラムが、感動的なBGMを、どこからともなく流し始めている。


「さあ、アリア様! まずは、陽菜さんの選んだ、白のワンピースからお試しになって!」

クリスティーナが、有無を言わさぬ口調で宣言する。

僕は、慌てて後ずさった。

「い、いや、着替えくらい、一人で……!」


「だめですわ!」

クリスティーナは、ぱん、と優雅に手を叩いた。

すると、どこに控えていたのか、アパートの玄関が静かに開き、黒いメイド服に身を包んだ、プロフェッショナルな雰囲気の女性が二人、音もなく入室し、僕の前に深々と一礼した。

一人は、ベテランらしい落ち着きのある女性、もう一人は、少しだけ年若い、ポニーテールの快活そうな女性だ。


「アリア様のお着替えは、わたくしの屋敷のトップメイドである、この者たちがお手伝いいたします。さあ、アリア様、観念なさいな」

「えっ、ちょっ、まっ……!」


僕の悲痛な叫びも虚しく、二人のメイドは、僕の両腕を、しかし決して乱暴ではない、流れるような動きで掴んだ。

そして、僕は、カーテンで仕切られた即席の試着室へと、文字通り、連行されていった。


「「「…………」」」

カーテンの外では、陽菜も、クリスティーナも、そして友人たちも、ごくり、と喉を鳴らし、固唾を飲んでその様子を見守っている。


「ひゃっ!?」

カーテンの向こうから、僕の、情けない悲鳴が聞こえた。

すぽんっ、するり、しゃらら……。

中で何が行われているのか、布が擦れる、あまりにも手際の良い音だけが、外に漏れ聞こえてくる。


(うわあああああ! 何だこの人たちは!? 早い! 動きに一切の無駄がない! あっ、こら、どこを触って……ひゃん!?)

僕の、男としての心は、プロの技術の前に、なすすべもなく蹂躙されていった。


一方、カーテンの内側のプロフェッショナルたちは、完璧な無表情の下で、全く別のことを考えていた。

(……これが、お嬢様がご執心のアリア様……。素晴らしい素材ですわ。この肌の白さ、筋肉の付き方……どんな衣装も着こなす、まさに至高の『お人形』……! 腕が鳴りますわね……!)(ベテランメイド)

(きゃー! アリア様、可愛いー! 華奢なのに、ちゃんと鍛えられてる! うう、お嬢様のお気に入りじゃなかったら、私が個人的にお世話したい……! いけない、仕事仕事!)(ポニーテールメイド)


彼女たちの内心の興奮をよそに、仕事は完璧に遂行される。

やがて、全ての音が止み、ベテランメイドが、すっ、とカーテンを開けた。

そこにいたのは、頬を真っ赤に染め、瞳をうるませ、放心状態で立ち尽くす、僕の姿だった。

フードから解き放たれた僕の銀髪と白い肌を、純白のワンピースが、驚くほど引き立てている。


「……か、可愛い……」

誰かが、ぽつりと呟いた。

「蓮……すごく、綺麗だよ……」

陽菜が、うっとりとした表情で、僕に駆け寄ってくる。


「ま、待ちなさいな!」

その甘い空気を切り裂いたのは、クリスティーナだった。

「清楚なのもよろしいけれど、アリア様の魅力は、それだけではありませんわ! さあ、次はこちらを!」

彼女が合図すると、メイドたちが再び僕を捕獲し、試着室へと引きずり込んでいく。


そこからは、もう、めちゃくちゃだった。

試着のたびに、僕はプロのメイドたちによって、あっという間に「処理」され、そのたびに、カーテンの外の少女たちの、悶絶に近い歓声が、部屋に響き渡る。

僕の、男としての尊厳は、すでに限界を超えて、宇宙の彼方へと消え去っていた。


ひとしきり騒いだ後、疲れ果てた僕たちは、床に座り込み、ミカが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。

結局、僕が着ていくドレスは、「どっちも捨てがたい!」という鶴の一声で、パーティーの途中で「お色直し」をすることに決まった。

「楽しみだね、明日のパーティー!」

「うん!」


少女たちの、弾けるような笑顔。

その、あまりにも平和で、きらきらとした光景を、僕は、サングラスの下で、ただ黙って見つめていた。

この、何気ない、温かい時間。

これを守るためなら、ドレスの一着や二着、着てやろうじゃないか。

僕は、心の中で、小さく、そう呟いた。


その時、僕の足元で、リリィが、僕のズボンの裾を、前足でちょいちょい、と引っ掻いた。

見ると、その金色の瞳が、何かを訴えかけるように、真剣な光を宿して、窓の外を、じっと見つめていた。

だが、その小さな警告に、華やかなお茶会の熱気に浮かれた僕たちが、気づくことはなかった。

運命の、パーティーの幕が開くまで、あと、24時間を切っていた。


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