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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第6章】 日常侵食編 ~復讐の駒と覚醒の賢者~

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第84話:黒猫は夜明けに吠える


「ぎゃあああああっ!?」


顔を切り裂かれた男の悲鳴が、薄汚れた路地裏に響き渡った。

突然の出来事に、他の元取り巻きたちも、一瞬、動きを止める。

その視線の先――陽菜のトートバッグから飛び出した一匹の黒猫が、まるで鬼神のような形相で、男の顔面に張り付いていた。


「な、なんだこの猫! どけ!」

男が、パニックになって腕を振り回す。

だが、リリィは離れない。

(陽菜に……陽菜に、触るな!)

賢者としての冷静さも、計算もない。ただ、目の前で、自分の大切な仲間(飼い主)が傷つけられようとしている。その事実だけが、リリィを突き動かしていた。

彼女は、牙を剥き、男の鼻先に、深々と噛み付いた。


「ぐっ、がああああ!」

男が、顔を押さえて蹲る。

その、ほんの一瞬。

リリィが作り出した、その貴重な時間。


「……っ!」

麻酔ガスで朦朧としていた陽菜の意識が、目の前の惨状に、強制的に覚醒させられた。

(リリィが……私のために……!)

身体は、まだ鉛のように重い。だが、心の奥で、小さな炎が、再び燃え上がる。

私が、しっかりしなきゃ。リリィも、自分も、守らなきゃ!


「――なめないでっ!!」

陽菜は、最後の気力を振り絞って、よろめきながら立ち上がった。

そして、その手のひらに、小さな、しかし凝縮された、灼熱の火球を生み出す。

「この……アマが!」

別の男が、鉄パイプを振り上げ、陽菜に襲い掛かる。

「えいっ!」

陽菜が放った火球は、まっすぐに男の顔面へと飛んでいき、その前髪を派手に焦がした。

「あつっ!?」

男が、顔を押さえて怯む。


その隙に、陽菜はリリィを抱きかかえると、路地裏の奥へと駆け出した。

だが、すぐに壁に行き当たり、退路は断たれる。

男たちが、じりじりと、その包囲網を狭めてきた。

「……ここまで、か」

陽菜の膝が、再び、ガクリと崩れ落ちそうになる。

リリィは、彼女の腕の中で、敵を睨みつけ、フーッ!と必死に威嚇を続けていた。


その時だった。

――数ブロック離れたビルの屋上。


僕――アリアは、陽菜の友人たちと別れた後も、念のため、陽菜の帰宅ルートを見守っていた。

その僕の耳のイヤホンに、エレクトラの、普段のふざけた様子とは全く違う、切迫した声が叩きつけられた。


『――女神様! 陽菜様が罠に! 第三商店街、西ブロックの路地裏です! 敵は複数! 陽菜様、麻酔ガスを吸わされています! 急いで!』


「……っ!」

僕は、舌打ちすると同時に、ビルの縁を蹴っていた。

眼下の街並みが、凄まじい速度で後ろへ流れていく。屋根から屋根へと、最短距離を跳躍し、現場へと急ぐ。

(……間に合え!)


――路地裏。

陽菜が絶体絶命と思われた、その瞬間。

ゴォンッ!!!!

路地裏の入り口を塞いでいた、巨大なゴミ収集コンテナが、内側から弾け飛ぶように、宙を舞った。

そして、逆光の中に、一つの人影が、静かに浮かび上がる。

フードを目深に被り、月光のような銀髪をなびかせる、少女の姿。


「……遅くなったな」

僕の声は、絶対零度の響きを持っていた。

僕の、ほんのわずかな油断が、陽菜を危険に晒した。その後悔が、僕の怒りに、静かな火を灯す。


「ア……アリア……!?」

元取り巻きたちの顔が、恐怖に引きつった。

「な、なんで、こいつがここに!」

「ひ、怯むな! やっちまえ!」

数人が、やけくそになって、鉄パイプを振り回しながら、僕に襲い掛かってくる。


僕は、動かなかった。

ただ、迫り来る鉄パイプの先端を、抜き放ったミスリルナイフで、弾いただけ。

――キィンッ!

甲高い金属音と共に、鉄パイプが、ありえない角度にひしゃげ、男たちの腕を痺れさせる。

「なっ!?」

彼らが、信じられないといった顔で、硬直した、その一瞬。


僕は、地面を蹴っていた。

景色が、コマ送りのように、ゆっくりと流れる。

一人目の顎を、蹴り上げる。

二人目の鳩尾に、肘を叩き込む。

三人目の膝の裏を、ナイフの柄で打ち据える。

全ての攻撃は、急所を的確に捉え、しかし、決して致命傷にはならない、完璧な一撃。


数秒後。

僕が、陽菜の前に降り立った時。

背後では、全ての男たちが、白目を剥いて、地面に折り重なるように、倒れていた。


「……大丈夫か、陽菜」

僕が振り返ると、陽菜は、腕の中のリリィを抱きしめたまま、ただ、ぽろぽろと涙を流していた。

「……うん。ごめん、蓮。私……」

「お前は、悪くない」

僕は、彼女の頭を、優しく撫でた。

「よく、頑張ったな」


僕の腕の中で、リリィが、安心したように、「にゃん…」と小さく鳴いた。

遠くから、パトカーのサイレンの音が、聞こえ始めていた。


――同時刻。エレクトラの聖域。


慧は、メインモニターに映し出された、路地裏の光景を見届け、ふぅ、と息をついた。

「……間に合った。よかった……」

安堵も束の間、彼女の指は、再びキーボードの上を舞い始める。

「さて、と。後始末の時間ね」

彼女は、路地裏周辺の全ての監視カメラの映像を確保。陽菜を罠に嵌めた田中くんが、事件直後に伊集院権三の関係者と接触している映像も、きっちりと押さえる。

それらの完璧な証拠データを、匿名で警察組織のサーバーへと、そっと「置いて」くる。


僕たちの、脆い日常。

それを、壊そうとする悪意。

そして、それを、命を懸けて守ろうとする、小さな仲間たちと、見えざる守護者。

僕は、改めて、この日常の、かけがえのなさを、そして、それを守り抜くための、力の必要性を、強く、強く、噛み締めていた。


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