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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第6章】 日常侵食編 ~復讐の駒と覚醒の賢者~

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第78話:沈みゆく船の船長


蓮たちが、猫一匹を加えた温かな食卓を囲んでいた、その同じ夜。

第七区画の最上層に位置する、高級ペントハウスの一室は、墓場のような静寂と、澱んだ空気に満ちていた。


伊集院権三は、一人、分厚い革張りのソファに深く身を沈めていた。

手にしたグラスの中では、最高級の琥珀色の液体が、虚しく揺らめいている。壁一面を覆う巨大な窓の外には、宝石をちりばめたような街の夜景が広がっているが、その光景も、今の彼の目には、色褪せた絵画のようにしか映らない。


カラン、と氷がグラスの縁を打つ、乾いた音だけが響く。


息子は、学園を追放された。

長年築き上げてきた、学園への影響力は、霧島レイカと、その後ろ盾となったエルロード家によって、完全に粉砕された。

資金源であった企業は次々と離れ、かつて彼に媚びへつらっていた者たちは、潮が引くように、その姿を消した。


巨大な権力という船は、もはや見る影もなく傾き、沈みかけている。

だが、船長である男の瞳の奥では、まだ一つの炎だけが、消えることなく、むしろより激しく、赤黒い光を放って燃え盛っていた。


(……アリア……橘陽菜……クリスティーティーナ・エルロード……)


グラスを握りしめる指に、ギリ、と力がこもる。

プライドを、地位を、未来を、全てを奪った、あの小娘たちへの、憎悪。

それだけが、今の彼を、かろうじてこの世に繋ぎ止めている、唯一の楔だった。


「……ふん」

権三は、自嘲するように鼻で笑うと、テーブルの上に置かれた、暗号化された通信端末のスイッチを入れた。

数回のコールの後、ザラついたノイズ混じりの、感情のない男の声が、スピーカーから響いた。


『――……もしもし。どちら様で?』

「私だ。伊集院権三だ」

『……ほう。これはこれは、伊集院先生。このような『裏』の回線で、ご連絡とは。表の世界では、何か、お困り事でも?』

声には、あからさまな嘲りの色が滲んでいる。


権三は、その侮辱を、奥歯を噛み締めて堪えた。

「……仕事の依頼だ。『掃除屋』に、頼みたいことがある」

『掃除屋、ねぇ。我々は、情報屋ですよ、先生。……まあ、金次第では、少しばかり汚い『掃除』も、請け負いますがね』


「金なら、いくらでもある」

権三は、吐き捨てるように言った。

「ターゲットは、三人。冒険者ギルドに所属する、Cランク冒険者『アリア』。そして、防衛高校に通う、橘陽菜と、クリスティーナ・エルロード」

『……大きく出ましたな。エルロードのお嬢様まで。高くつきますよ?』

「構わん。まず、奴らの身辺を、徹底的に洗え。友人関係、行動パターン、立ち寄りそうな場所……どんな些細な情報でもいい。そして、奴らの『弱点』を、特定しろ」


権三の瞳が、爬虫類のように、冷たく光る。

「力でねじ伏せるだけでは、足りん。奴らが、最も大切にしているものを、目の前で、音を立てて壊してやるのだ。友情、信頼、希望……その全てを、だ。奴らに、本当の『絶望』というものを、教えてやる」


その声は、もはや有力な政治家のものではない。ただ、己の復讐心のためだけに、全てを破壊しようとする、狂人のそれだった。

スピーカーの向こうで、男が、くつくつと楽しそうに笑う気配がした。

『……面白い。実に、面白い仕事だ。承知しました、伊集院先生。最高の『絶望』を、あなたにご用意しましょう。前金は、いつもの口座へ』


通信が切れる。

再び、静寂が部屋を支配した。

伊集院権三は、グラスに残っていた液体を、一気に煽った。喉を焼くような、強いアルコール。

だが、彼の心を焼く、憎悪の炎に比べれば、それは、生温い水でしかなかった。


沈みゆく船の船長は、最後の航海に出ることを決めた。

その航海の目的は、ただ一つ。

自分を嘲笑う、あの光り輝く少女たちを、道連れにして、深く、暗い海の底へと、引きずり込むこと。

静かな嵐は、今、復讐という名の、新たな風を得て、その勢いを増し始めていた。


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