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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第6章】 日常侵食編 ~復讐の駒と覚醒の賢者~

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第77話:賢者の受難


私、リリィ。

その正体は、異世界より来たりし、気高き賢者。来るべき世界の危機に備え、この星の『銀の器』たるアリアを監視・保護するため、仕方なく、この脆弱な獣の姿に身をやつしている……。


……と、彼女は思っている(ことにしている)。

本当は、故郷の世界でうっかり古代の転送トラップを踏んでしまい、気づいたらこちらの世界の、一匹の黒猫になってしまっていた、というのが真相なのだが。


「きゃー! 見て見て、蓮! リリィちゃんに、このフリフリのドレス、すっごく似合わない!?」

「……猫に、服を着せるなよ」

「いいの! 可愛いんだから!」


(……誰か、私をここから出してくれにゃ……)


私は、ピンク色の、フリルとレースで過剰に装飾された猫用のドレスを無理やり着せられ、陽菜の腕の中でされるがままになっていた。

賢者としての威厳は、もはや地に落ちた。

橘家に来てからというもの、私の日常は、受難の連続だった。


朝、目が覚めれば、陽菜による強制的なブラッシングとリボン装着の儀式が待っている。

昼、うたた寝をしていれば、いつの間にか陽菜が隣にきて、私の肉球を「ぷにぷに……ぷにぷに……はぁ、癒される……」と、恍惚の表情で揉みしだいてくる。

夜、ようやく一人の時間が訪れたかと思えば、今度はアリアが、私の腹に顔をうずめて「猫吸い」なる奇行に及ぶ始末。


(……解せんにゃ)

この家の人間どもは、なぜこうも、私に構いすぎるのだ。

特に、この橘陽菜という少女。彼女の愛情表現は、時として、物理的な拘束と大差ない。


だが、それ以上に、私の頭を悩ませている問題があった。

それは、アリアと陽菜の、あの異常なまでの距離感だ。


その日の夕食後。

リビングのソファで、二人は一つのタブレットを、顔を寄せ合って覗き込んでいた。学校の課題か何かだろう。

「ねえ、アリア、ここの計算、どうやるの?」

「ああ、そこは、まずこの公式をだな……」

アリアが、陽菜に何かを教え始める。ここまでは、いい。問題は、その距離だ。


肩と肩が触れ合い、髪と髪が重なり合う。陽菜が首を傾げれば、その吐息がアリアの頬にかかるほどの近さ。

(近い! 近すぎるにゃ、お前たち!)

私は、キャットタワーの最上段から、ハラハラしながらその光景を見守っていた。


あのアリアが、他人にここまで心を許すなど、信じられない。

いや、違う。よく見れば、アリアの身体は微かに強張り、どこかぎこちない。完全にリラックスしているわけではないようだ。

陽菜の方も、問題を教えてもらっているはずなのに、その瞳は、時折うっとりと、アリアの横顔を見つめている。


(……まさか……!)

私の脳裏に、よからぬ想像が花開く。

賢者としての冷静な分析によれば、二人の間に流れる空気は、単なる『友人』のそれを、明らかに逸脱している。魂が混じって、人格が変わったとはいえ、あのアリアが……あの純真そうな少女を……?

これは、危険だ。非常に、危険な兆候だ。


「あ。アリア、ちょっとじっとしてて」

陽菜が、不意にそう言うと、アリアの銀髪についた、小さな糸くずを、その指先で優しくつまみ取った。

そして、その流れで、ごく自然に、アリアの髪を、慈しむように、そっと撫でた。

「……!」

アリアの身体が、びくっ、と小さく跳ねる。


(にゃあああああああああっ!!)

私は、思わず心の中で絶叫した。

(い、今のはアウトだにゃ! 完全に、恋人同士のそれではないか! お前たち、自分が今、どういう事をしているのか分かっているのか!? あの朴念仁だったアリアが!? そんな、破廉恥な……! で、でも……続きが、気になるにゃ……!)


私の、賢者としての理性と、下世話な好奇心が、激しくぶつかり合う。

最初は、ただハラハラしながら見ていただけだった。だが、最近、気づいてしまったのだ。

二人が織りなす、この甘酸っぱくて、もどかしい空気。それを見ていると、私の胸の奥が、なんだか、こう……むず痒いような、温かいような、不思議な感覚に満たされることに。


(……なんだ、この感情は……。不愉快なはずなのに、目が離せん。むしろ、もっと見たいとさえ思う……。これが、この世界の『尊い』というものなのかにゃ……?)


結局、私は、その場から目を離すことができなかった。


アリアと陽菜。

二人の、甘くて、とっても危うい関係性。

その一番の特等席での観測者となってしまった私は、この家に来てからというもの、日に日に肩身が狭くなる思いをしつつも、彼らの日常を興味深く見守り続けるのだった。

賢者の威厳を取り戻せる日は、一体、いつになるのだろうか。……まあ、この光景が見られるなら、もう少し先でも、いいかもしれないにゃ。


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