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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第5章】 学園動乱編 ~黒きハイエナと勘違いの騎士団~

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間話:最強受付嬢の、ささやかな報酬


黒木教授が引き起こした学園テロ事件から、一週間が過ぎた。

学園には、嘘のような平穏が戻り、生徒たちの間では、あの日のアリアと仲間たちの武勇伝が、まことしやかに囁かれている。

そして、僕たちの家では――。


「蓮! じっとしてて! 今日のお昼ご飯は、私が『あーん』して食べさせてあげるんだから!」

「いや、もう腕は動くから……!」

「だーめ! 先生から『絶対安静』って言われてるでしょ!」

陽菜の過保護っぷりは、さらに数段階レベルアップしていた。


そんな、ある日の午後。

僕のギルドカードが、ぴりり、と短く振動した。

表示されたのは、ギルドマスターからの、短いメッセージ。


『――すまん、アリア。急で悪いが、一つだけ、どうしても断れない『指名依頼』が入ってしまった。明日の夜、時間は取れるか?』


「……指名依頼?」

僕が首を傾げていると、後ろから陽菜がスマホの画面を覗き込んできた。

「え、誰から? またクリスティーナ先輩?」

「いや、違うみたいだ。ギルドマスターから直々に……」

僕が返信する間もなく、ギルドマスターから、立て続けにメッセージが送られてくる。

『頼む! この通りだ! <(_ _)> 』

『これも、前の『バベル・アーク』の件での、約束の一つなんだ!』

『断られたら、俺の命が危ない……!』


その文面からは、切羽詰まった、ただならぬ雰囲気が伝わってきた。

「……仕方ないな」

僕は、ため息をつきながら、『了解した』とだけ返信した。


翌日の夜。

僕が、指定されたレストラン――第七区画でも、特に格式高いことで知られる高級店――の個室で待っていると、そこに現れたのは、意外な人物だった。


「こんばんはぁ、アリアちゃん♪ お待たせしちゃいましたかぁ?」

にこにこと、完璧な笑顔を浮かべて立っていたのは、ギルドの受付嬢、セラさんだった。普段の制服姿とは違う、少し大人びた、お洒落なワンピースに身を包んでいる。

「……セラさん?」

「はい♪ 今夜は、私がアリアちゃんを『指名』させていただきましたぁ」

彼女は、僕の向かいの席に座ると、楽しそうにメニューを開いた。


「いやー、この前の『バベル・アーク』の時は、大変でしたねぇ。アリアちゃんの戦いぶり、エレクトラちゃんから映像で見せてもらったんですけどぉ、本当にすごかったですぅ♪」

「……そう、ですか」

「はい♪ 私も、ちょっとだけお手伝いさせていただいたんですよぉ。それで、マスターとの約束で、このディナーをセッティングしてもらった、というわけです♪」


そういうことか。ギルドマスターの、あの必死な様子にも納得がいく。

僕たちは、当たり障りのない会話をしながら、運ばれてくる豪華な料理に舌鼓を打った。セラさんは、噂通りの食いしん坊らしく、次から次へと料理を注文し、幸せそうに頬張っている。


食事が一段落した頃、セラさんは、ふふふ、と意味深に笑った。

「それでですねぇ、アリアちゃん。実は今日、もう一つ、マスターにお願いしたことがあるんですぅ」

「……なんですか?」

嫌な予感しかしない。


「じゃーん! 『アリアちゃんファンクラブ』、会員番号1番から10番までの、精鋭たちでーす!」

セラさんが手を叩くと、個室の扉が勢いよく開き、そこには、目をキラキラさせた綺麗な女性冒険者たちが、ずらりと並んでいた。

「アリア様! お会いしとうございました!」

「いつも、応援してます!」

「きゃー! 生アリア様!」


そして、その集団を、まるで引率する教師のように、静かに従えていたのは、一人の知的な雰囲気の少女だった。

すらりとした黒のパンツスーツを完璧に着こなし、その手にはタブレット端末が握られている。顔には、ぐるぐると分厚いレンズのメガネ。

(……あのメガネは?)

僕の脳裏に、あのドジっ娘魔法使いの顔が一瞬よぎったが、目の前の少女の雰囲気は、彼女とは似ても似つかない。無駄のない所作、冷静な眼差し。まるで、有能な弁護士かコンサルタントのようだ。


「――初めまして、アリア様。私、『アリア様ファンクラブ』にて、顧問を務めさせていただいております、ケイと申します。本日は、会員たちの無礼、どうかご容赦ください」

彼女は、完璧な角度で、深々と一礼した。その声は、落ち着いていて、理知的だった。

僕も、思わず居住まいを正してしまう。


「「「…………」」」

僕の顔は、固まった。

「マスターには、『二人きり』って約束してもらったんですけどぉ、ファンのみんなにも、アリアちゃんの元気な姿を見せてあげたくて♪ サプライズです!」

セラさんは、悪戯っぽく、ぺろりと舌を出した。


そこからは、僕にとって地獄のような時間だった。

「アリア様、お酌させてください!」

「普段は、どんな訓練を?」

「その綺麗な銀髪、触ってもいいですか……?」

綺麗な女性冒険者たちに四方八方から囲まれ、質問攻めとスキンシップの嵐に見舞われる。僕は、男の心と女の身体の板挟みになり、完全に茹でダコ状態で、椅子の上でぐったりとしていた。


その間、陽菜とクリスティーナは、僕が「ギルドの極秘任務で、急遽呼び出された」という、エレクトラが流した完璧な偽情報を信じ込み、それぞれの家で「蓮(アリア様)も大変ね」と、のんびりテレビを見ていたことを、僕はまだ知らない。


「皆様、そこまでに。アリア様がお困りです」

混乱の極みにあった僕を、ケイの、静かで、しかし有無を言わせぬ一言が救った――かに、見えた。

彼女は、タブレットをテーブルに置くと、すっ、と僕のそばに近づいてきた。

そして、僕が座っている椅子の背もたれに手をかけると、ぐいっ、と力任せに押し倒したのだ。


「えっ!?」

僕は、椅子ごと仰向けに倒れそうになる。その身体を、ケイが倒れかかった椅子ごと、片手で軽々と支えた。

僕は、完全に仰向けの状態で、真上から僕を覗き込む、ケイの顔と対峙することになった。ぐるぐるメガネの奥の瞳が、やけに近くに見える。


「アリア様、お口にソースが」

ケイは、そう囁くと、僕が何か言う前に、その指先で、僕の口元(マスクの隙間)についたソースを、そっと拭い取った。

そして、その指を、僕の目の前で、ぺろり、と妖艶になめてみせた。


「――失礼いたしました」


しーん……。

個室の中が、水を打ったように静まり返る。

ケイは、何事もなかったかのように、すっ、と僕が座った椅子を元の位置に戻すと、とっとっと、と何食わぬ顔で、少し離れた場所へと戻っていった。


数秒の沈黙の後。

最初に我に返ったのは、ファンクラブの面々だった。

「「「きゃあああああああああっ!!」」」

乙女たちの、絶叫に近い歓声が、個室を揺るがす。

「なっ、ななな、なんて大胆な……!」

「ケイ顧問、さすがです……!」


次に、我に返ったのは、セラさんだった。

「あ、あれ、あ、あたしもっ!」

彼女が、目を血走らせて僕に迫ろうとするのを、僕は必死で手で制した。

「い、い、い、だ、だめですっ!」


その混乱の隙に、ケイは、誰にも気づかれぬよう、すすすっと個室の外へと抜け出していた。

そして、ドアが閉まった、その外で――。


ボンッ!


ケイの顔が、蒸気でも噴き出しそうなほど、真っ赤に染まった。

(や、やっちゃったあああああああ!!!)

有能顧問のペルソナを被っているうちに、気分が高揚し、完全にその気になって、勢いで、とんでもないことをしてしまった。

(くぉぉおおおぉ!)

彼女は、その場に蹲ると、壁に頭を打ち付けながら、ごろごろと転がり始めた。

(くぉぉおおおぉ!女神様のソース……!女神様の間接……!く、くふふ、くふふふふふぅ~!)

廊下の隅で、一人悶え、そしてご満悦の表情を浮かべる、一人の変態(もとい、熱狂的ファン)がいたことを、室内の誰も知る由はなかった。


僕の、ささやかな平穏は、今日もまた、僕を愛する(?)少女たちの、暴走する愛情表現によって、無残にも打ち砕かれていく。

一つの嵐は去った。

だが、僕の日常には、また新たな、甘くて、少しだけ騒がしい嵐が、すでに吹き荒れ始めていたのだった。


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