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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第5章】 学園動乱編 ~黒きハイエナと勘違いの騎士団~

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第73話:それぞれの戦い


訓練施設が、混沌の渦に飲み込まれていた。

アリーナの中央では、僕がヒュドラの巨体と対峙し、一進一退の攻防を繰り広げている。九つの頭から放たれる酸のブレスや、鞭のようにしなる尾の攻撃を、僕は紙一重でかわし続けていた。

だが、僕の意識は、目の前の敵だけに向けられているわけではなかった。


観覧席で、そしてアリーナの隅で、僕の仲間たちもまた、彼女たち自身の戦いを繰り広げていたのだ。


――観覧席、避難ゲート前。


「きゃあああ!」

「押さないで!」

パニックになった生徒たちが、狭い避難ゲートに殺到し、将棋倒しになりかけている。その群衆の先頭で、仁王立ちになっていたのは、クリスティーナだった。

「落ち着きなさい!」

凛とした、しかし腹の底から響くような声が、混乱の極みにあった生徒たちの耳を打つ。

「あなた方は、それでも未来の防衛戦力を担う者ですの!? この程度の混乱で我を失うなど、恥を知りなさい!」

彼女の、女王然とした威厳。それは、恐怖に支配された生徒たちの心を、不思議と鎮める力を持っていた。


「ミカさん! あなたは、負傷者のリストアップを! アヤさん、ユキさん! あなたたちは、ゲートの向こうで、誘導の列を整理なさい!」

クリスティーナは、レイピアの切っ先で、的確に指示を飛ばしていく。

「「「はいっ!」」」

『銀の百合騎士団』の面々が、その指示に寸分の狂いもなく応える。彼女たちは、もはやただの女子高生ではない。一人の指揮官の元で、完璧に機能する、一つの部隊だった。

彼女たちの献身的な働きで、あれほど混沌としていた避難の流れは、驚くほどスムーズに整然としたものへと変わっていった。


――アリーナ、観覧席直下。


「陽菜ちゃん、危ない!」

ヒュドラの暴走の余波で、アリーナの壁の一部が崩落し、逃げ遅れた生徒たちの上に、巨大な瓦礫が降り注ぐ。

その生徒たちと、瓦礫の間に、陽菜が滑り込んだ。

「――させないっ!」

彼女の両手から、炎ではない、温かい光の奔流が溢れ出す。

「『陽光ソーラープロテクション』!!」

陽菜を中心に、半球状の光のドームが出現し、降り注ぐ瓦礫を、まるで柔らかなクッションのように、ふわりと受け止めた。


「すごい……」

助けられた生徒たちが、呆然と、その光景を見上げる。

陽菜の額には、玉のような汗が浮かんでいる。明らかに、消耗が激しい。

「……大丈夫だよ。早く、逃げて!」

彼女は、歯を食いしばりながら、笑顔を作った。その姿は、まさしく、人々を守る『盾』そのものだった。

陽菜は、攻撃の力ではない。だが、誰かを守るという一点において、この場の誰よりも、強い輝きを放っていた。


――そして、アリーナ中央。


仲間たちの奮闘を、僕は肌で感じていた。

陽菜が、クリスティーナが、友人たちが、それぞれの場所で、命を懸けて戦っている。

僕が、目の前の敵に集中できる環境を、彼女たちが作ってくれているのだ。

(……感謝する)

僕は、心の中で呟き、改めてヒュドラに向き直った。


だが、その時、僕の耳のイヤホンから、エレクトラの切羽詰まった声が届いた。

『――女神様! まずいです! 黒木が、コントロールルームから、ヒュドラの細胞活性レベルを、強制的に引き上げています! このままでは、奴はさらに凶暴化し、陽菜様たちの防衛網を突破します!』


サングラスのレンズに表示されたウィンドウには、ヒュドラの体内のエネルギー量が、危険なレベルまで急上昇していくグラフが表示されていた。

(……くそっ! やはり、大元を叩くしかないか!)

ヒュドラをここに釘付けにしつつ、黒木のいるコントロールルームを、どうやって――。


――にゃああああーーーんっ!!


その時、天井の梁から、鋭く、そして明確な意志を持った、猫の鳴声が響き渡った。

見上げると、リリィが、僕と、そしてアリーナ最上階にあるコントロールルームを、交互に前足で指し示していた。そして、自分の胸をぽんぽんと叩き、「任せろ」とでも言うように、力強く頷いてみせる。

言葉は通じない。だが、その金色の瞳は、雄弁に語っていた。

(――アリア! こいつは私たちが引き受ける! お前は、親玉を叩け!)


僕が、そのただならぬ様子のリリィに気を取られていると、僕の背後から、弓を構えた人影がそっと近づいてきた。陽菜の友人、アヤだ。彼女はアーチェリー部のエースで、避難誘導の傍ら、後方からの援護の機会をうかがっていたのだ。


「アリアさん……あの猫、一体……?」

アヤも、梁の上のリリィの異常な行動に気づき、戸惑いの声を上げる。

そのアヤの存在に気づいたリリィは、今度はアヤに向かって「にゃっ!」と短く鳴いた。そして、自分の足元に置いていた、対怪異用の閃光弾を前足で押し出すと、今度はアヤの持つ矢の先端と、ヒュドラの複数の眼球を、交互に指し示した。


「え……?」

アヤは、息を呑んだ。

(この子、私に、あの閃光弾を矢につがえて、怪物の目を狙えって……言ってるの?)

常識では考えられない提案。だが、アーチェリー部のエースである彼女の頭脳は、その戦術の有効性を、瞬時に分析していた。

(……確かに。あの多頭の視覚を一度に潰せれば、大きな隙が生まれる。でも、猫がそんな作戦を……?ああ、いや、でも、それが出来れば……!)


アヤの瞳に、迷いはもうなかった。

「……わかったわ」

彼女は、梁の上のリリィに向かって力強く頷くと、近くにあったワイヤーを駆け上がり、リリィの元へと合流した。

「信じるわよ、リリィちゃん!」

そして、手際良く閃光弾を矢につがえる。


「アリアさん! 行って!」

アヤが、ヒュドラの複数の眼球めがけて、閃光弾の矢を放つ。

――カッ!

強烈な光が炸裂し、ヒュドラが苦悶の咆哮を上げた。その隙に、リリィが梁から飛び降り、影から影へと跳び移りながら、その巨体を攪乱し始める。


「……助かる!」

僕は、仲間たちに後を託し、踵を返した。

目的地は、一つ。

この全ての元凶が待つ、アリーナ最上階の、コントロールルーム。


僕は、壁を蹴り、瓦礫を踏み台に、凄まじい速度で駆け上がっていく。

眼下で繰り広げられる、仲間たちの死闘。

その想いを、無駄にはしない。

黒木の計画を、そして、その歪んだ正義を、完全に粉砕するために。

僕は、一筋の銀色の流星となって、敵の中枢へと、突き進んでいった。


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