第72話:チーム・アリア、集結
「グルォォオオオオオオッ!!」
檻から解き放たれたヒュドラの咆哮が、地下訓練施設全体を揺るがした。
パニックに陥った生徒たちの、甲高い悲鳴。
黒木教授の、歪んだ愉悦の笑み。
絶望的な光景が、僕の目の前に広がっていた。
(……くそっ! やるしかないのか!)
僕が、ナイフの柄に手をかけ、覚悟を決めた、その時だった。
ピコンッ。
僕の耳に装着していた、極小のイヤホンから、軽快な電子音が鳴り響いた。それは、ケイから「何かあった時のために」と、半ば強引に渡されていたものだった。
『――聞こえますか、女神様。ショーの始まりには、最高のBGMが必要でしょう?』
エレクトラの、楽しげな声。
次の瞬間、僕のサングラスのレンズの内側に、ホログラムのウィンドウが複数、ポップアップした。
そこには、僕の死角にいるヒュドラの動き、建物の構造図、そして、黒木教授が持つ遠隔操作デバイスの周波数データが、リアルタイムで表示されていた。
『それと、もう一人、頼もしい助っ人です』
同時に、観覧席の最上段。照明が届かない、天井の梁の影から、金色の二つの光が、僕に向かって鋭く輝いた。リリィだ。
彼女は、昨夜のうちに、この訓練施設に潜入していたのだ。
彼女の首輪のマーカーを通じて、僕のイヤホンに、どこか得意げな声が届く。
『――女神様、 あの蛇野郎の首は九つ、再生能力も高いですが、弱点があります。 中央の、一番太い首の付け根、 そこを潰せば、再生は止まるはずです』
エレクトラからの、完璧な情報支援。
僕の周囲で、見えざる仲間たちが、すでに動き出していたのだ。僕は、一人じゃなかった。
「……ふん」
僕の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
その変化に、黒木教授が「何がおかしい」と、訝しげな顔をする。
僕は、もう彼を見てはいなかった。僕が見据えるのは、目の前の巨大な厄災と、そして、守るべき仲間たちの姿だけだ。
「陽菜! クリスティーナ!」
僕が叫ぶと、観覧席でパニックの渦中にいた二人が、ハッとしたように僕を見た。
「蓮!?」
「アリア様!」
「観覧席の生徒たちの避難誘導を頼む! ミカたちもだ! お前たちなら、できる!」
僕の、絶対的な信頼を込めた声に、少女たちの瞳に、光が宿った。
「「うん!!」」
「お任せくださいな!」
陽菜とクリスティーナは、すぐに行動を開始した。
「みんな、落ち着いて! 私についてきて!」
陽菜は、スキルで小さな火球を灯し、暗がりの中で避難経路を照らし出す。
クリスティーナは、その気品と威厳に満ちた声で、パニックに陥る生徒たちをまとめ、冷静に指示を飛ばし始めた。
『銀の百合騎士団』の面々も、すぐにそのサポートに回り、見事な連携で、生徒たちを安全な場所へと導いていく。
そして、教官席のさらに上。校長室。
霧島レイカは、モニターに映し出される惨状を、静かに見つめていた。
彼女の横には、ホログラムのギルドマスターが、腕を組んで立っている。
「……さて、校長先生。ハイエナ狩りの準備は、整ったようですな」
「ええ。まったく、手間のかかる子たちですわ」
霧島は、口では呆れながらも、その口元には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
彼女は、デスクのコンソールを操作する。
――ガシャンッ!ガシャンッ!ガシャンッ!
訓練施設内の、全ての出入り口に、分厚い防護シャッターが降りていく。
『――これより、本施設を、レベルAの危険区域として、完全に封鎖します。中にいる、黒木教授。あなたの、茶番は終わりです』
霧島校長の、冷たい声が、施設全体に響き渡った。
黒木は、その声に、顔を引きつらせた。
「なっ……! 霧島! 何をする気だ!」
「あなたを、今回のテロ事件の現行犯として、拘束するだけですわ」
「証拠でもあるのか!」
「ええ。……最高のものが、ね」
霧島は、そう言うと、アリーナで戦う僕の姿を、静かに見つめた。
全ての舞台は、整った。
避難は、陽菜たちが進めている。
退路は、霧島校長が断った。
勝利への道筋は、リリィとエレクトラが示してくれている。
僕は、改めて、ヒュドラの前に立った。
その背後で、仲間たちが戦っている。その信頼が、僕の力になる。
「さあ、始めようか」
僕は、ミスリルのナイフを抜き放ち、九つの頭を持つ、巨大な悪意へと、静かに歩みを進めた。
反撃の狼煙は、今、上がった。




