表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第5章】 学園動乱編 ~黒きハイエナと勘違いの騎士団~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/142

第67話:ドキドキ女子会


週末の夕暮れ時。

僕たちの小さなアパートの部屋は、普段とは全く違う、女子特有の甘い香りと、華やかな熱気に包まれていた。

テーブルの中央では、ぐつぐつと音を立てる鍋から、食欲をそそる湯気が立ち上っている。その周りを、陽菜と、ミカ、アヤ、ユキの三人が、甲斐甲斐しく動き回っていた。


「アヤ、白菜はもうちょっと後!」

「えー、でも、早く食べたいよー」

「ユキ、お豆腐、崩さないように気をつけてね」

「う、うん!」


今日は、陽菜の友人たち――『銀の百合騎士団』の面々が、我が家でパーティーを開く日だった。

名目は、『アリアさん歓迎会 兼 騎士団決起集会』。

要するに、僕にとっては包囲網以外の何物でもない、ただの女子会だ。


「さあ、アリアさん! こちらへどうぞ!」

ミカに手を引かれ、僕は鍋が一番よく見える、主賓席(という名のただの座布団の上)に座らされた。

足元では、リリィが「騒がしいにゃ……」とでも言いたげな顔で、しかし鍋から漂ってくる鶏肉の匂いに、そわそわと鼻をひくつかせている。


「「「「かんぱーい!」」」」

オレンジジュースが入ったグラスが、カチン、と軽やかな音を立てる。

こうして、僕の、生まれて初めての(そして、おそらく最後の)地獄の釜が開いた。


「んー、美味しいー!」

「陽菜の作るお鍋、最高だね!」

少女たちの、弾むような声が部屋に響く。

美味しい。美味しいが、味がしない。なぜなら、僕は今、左右を陽菜とミカにぴったりと挟まれ、身動き一つ取れない状態だったからだ。

右からは陽菜のシャンプーの甘い香り。左からはミカのフローラルな香り。そして、肩や腕に触れる、柔らかな感触。

(……近い! 匂いが! 柔らかいものが! 無理だ!)

男の子としての僕の思考回路は、すでにショート寸前だった。


「ねえねえ、アリアさん」

僕が茹でダコのようになって固まっていると、アヤが、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて、話を振ってきた。

「アリアさんって、その……好きな人とか、いるんですか?」


ゴホッ! ゲホゲホッ!

僕は、飲んでいたお茶を、盛大に吹き出しそうになった。

その衝撃で、僕の身体がぐらりと傾ぎ、陽菜の肩に寄りかかってしまう。

「きゃっ!?」

「れ、蓮! だ、大丈夫!?」

陽菜は、顔を真っ赤にしながら、慌てて僕の身体を支える。その腕が、僕の背中に回された。

密着度、さらにアップ。もうダメだ。


「えー、いいじゃん! 恋バナだよ、恋バナ! 女子会の定番でしょ!」

「そうだよ、陽菜。私たち、アリアさんのこと、もっと知りたいんだから!」

ユキとミカも、目をキラキラさせて加勢する。ミカに至っては「アリアさん、顔赤いですよ? 熱でもあるんですか?」と、僕の額に自分の額をこつん、と当ててきた。

(熱が上がるわ!)


完全に、包囲され、物理的に拘束され、尋問が始まった。

僕が、サングラスの下で激しく動揺していると、少女たちの妄想は、あらぬ方向へと暴走を始めた。

「やっぱり、アリアさんは、ミステリアスだね……」

「きっと、いるんだよ。心の奥に秘めた、大切な人が……」

「もしかして、その人のために、本当の自分(女の子)として生きることを、決意したとか……!?」

「「「きゃーっ!!」」」

勝手に話を作り上げ、勝手に盛り上がって、謎の黄色い歓声が上がる。


(……誰か、助けてくれ)

僕は、全ての抵抗を諦め、ただ蒸気のように頭から湯気を立ち上らせる置物と化した。


そんな僕の苦悩など露知らず、恋バナはさらにヒートアップしていく。

「陽菜は、どうなの? やっぱり、蓮くんのこと……?」

「へっ!?」

不意に矛先を向けられた陽菜が、僕の身体を抱えたまま、ビクンと跳ねる。

「な、な、何言ってるのよ! 蓮は、ただの幼馴染だってば!」

「えー、本当ぉ?」

「じゃあ、もし、蓮くんが『実は生きてたんだ』って、目の前に現れたら、どうする?」

ミカが、核心を突くような質問を投げかけた。


その瞬間、陽菜の動きが、ぴたり、と止まった。

彼女は、箸を持ったまま、少しだけ俯いて、そして、呟くように言った。

「……そんなの、決まってるよ」

その声は、とても静かで、でも、確かな想いが込められていた。

「『おかえり』って、言う。そして、今度こそ、絶対に、離さないように、ぎゅーって、する」

その言葉と共に、僕の背中に回された陽菜の腕に、ぐっと力が込められた。


しーん、と部屋が静まり返る。

友人たちは、陽菜の、あまりにも真っ直ぐで、純粋な想いに、何も言えなくなってしまった。

僕も、心臓を、ぎゅっと鷲掴みにされたような感覚に陥った。

すぐ背後から伝わる、陽菜の温もりと、ドキドキと速い鼓動。

サングラスの下で、僕の瞳が、少しだけ潤んだのを、きっと誰も気づいていない。


「……あー! もう、しんみりしちゃったじゃない! ほら、もっと食べよ、食べよ!」

空気を変えるように、アヤがわざと明るい声を上げる。

「そうだね! 締めのうどん、入れちゃお!」

再び、部屋は賑やかな笑い声に包まれた。


僕は、そんな彼女たちの様子を、ただ黙って見つめていた。

男の心と、女の身体。その板挟みで、苦しいことも多い。

でも、この賑やかで、温かくて、少しだけ騒がしい日常は、悪くない。

ううん、悪くないどころか――最高に、幸せだ。


鍋の湯気が、僕のサングラスを、優しく曇らせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ