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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
【第5章】 学園動乱編 ~黒きハイエナと勘違いの騎士団~

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第64話:女王のチェス盤


身体測定事件の翌日。

防衛高校は、昨日の騒動が嘘のように、静かな朝を迎えていた。

だが、その水面下では、大きな波紋が広がっていた。

事件の首謀者である鈴木教師と、僕に手をかけた男子生徒たちは、昨日のうちに駆けつけた自衛隊の憲兵隊によって、その場で拘束された。学園内の不祥事とはいえ、外部の人間(僕)への暴行未遂という側面もあり、事は警察組織へと引き渡されていた。


取調室の冷たいパイプ椅子の上で、彼らは「黒木教授の指示だった」と、あっさりと全ての罪を白状したという。だが、黒木本人は、巧みに自身の関与を否定。「過激な生徒指導が行き過ぎたものであり、遺憾に思う」などと、白々しいコメントを発表するに留めた。決定的な証拠がなければ、あのハイエナを法の下で裁くことは難しい。


……だが、法が裁けぬ悪も、世の中には存在する。

そして、法とは別の「ルール」で、悪を裁く者も。


――エルロード邸、薔薇が咲き誇るサンルーム。


午後の柔らかな日差しが、アンティークのテーブルと、そこに置かれた最高級のティーセットを、きらきらと照らしている。

クリスティーナ・フォン・エルロードは、優雅な手つきでティーカップを傾けながら、目の前に立つ執事の報告に、静かに耳を傾けていた。


「――以上が、昨日の事件の顛末でございます、お嬢様」

セバスチャンが、完璧な所作で一礼する。

クリスティーナは、カップをソーサーに置くと、その美しい顔に、氷のような冷たい笑みを浮かべた。

「……ふふ。そうですか。わたくしの愛しいアリア様に、随分と、はしたない真似をしてくれたようですわね。学園の教師風情が」

カチャリ、とカップが立てた、硬質な音。

それは、女王の怒りのゴングだった。


「セバスチャン」

「はっ」

「防衛大学の、黒木という教授。……彼に関する『全て』を、今宵のディナーまでに、わたくしのデスクの上に」

その命令は、静かだが、絶対的な響きを持っていた。

「金の流れ、過去の論文の盗用疑惑、女性関係のもつれ……埃の一つも、残さずに、ですわよ。それと、彼が懇意にしている理事会の人間も、全員リストアップなさい」


「かしこまりました。それと、お嬢様。一つ、ご提案が」

セバスチャンは、恭しく一枚のタブレットを差し出した。

「『電子の魔女』を名乗る者より、コンタクトが。黒木教授に関する、非常に『興味深い』データを提供したい、と。見返りは、アリア様の非公開写真数点、だそうで」

「……まあ」

クリスティーナは、その提案に、扇子で口元を隠し、楽しそうに目を細めた。

「面白い方ですこと。よろしいですわ。その取引、受けましょう。写真は、わたくしが撮りためた秘蔵のコレクションの中から、最高のものを」


クリスティーナは、ゆっくりと立ち上がると、窓辺に咲く、一輪の深紅の薔薇を指先でなぞった。

「チェスの駒は、多ければ多いほど、ゲームは面白くなりますものね」


その日の夜。

黒木教授は、自分の研究室で、ほくそ笑んでいた。

(鈴木たちが捕まったのは計算外だったが、トカゲの尻尾切りにはちょうど良い。これで、アリアも少しは大人しくなるだろう)

だが、彼のその余裕は、一本の電話によって、粉々に砕け散ることになる。


相手は、彼が最も頼りにしていた、理事会の大物だった。

『……黒木君。君との関係は、今日限りとさせてもらう』

「なっ!? 田所理事! いったい、どういうことです!」

『どうもこうもない! 君の、過去の不正に関する詳細なデータが、匿名で理事全員に送りつけられてきたんだ! エルロード商会からの、圧力もかかっている! 我々まで、君と泥船に乗るつもりはない!』

ガチャン、と一方的に電話が切れる。


黒木は、呆然と受話器を握りしめた。

何が起きている? なぜ、バレるはずのない過去の不正が? エルロード商会が、なぜこのタイミングで?

彼の頭脳が、理解を拒絶する。

まるで、見えざる巨大な手に、チェス盤の隅へと、じりじりと追い詰められていくような、底知れない恐怖。


クリスティーナという女王が、そのゲーム盤に座った瞬間から。

黒きハイエナの運命は、すでに決まっていたのだ。

彼はまだ、自分が、誰を敵に回してしまったのか、その本当の意味を、理解していなかった。

女王の、静かで、しかし徹底的な報復は、まだ始まったばかりだった。


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