間話:獅子奮迅の大人たち(と、ちゃっかり受付嬢)
アリアが、クリスティーナ邸の豪奢なベッドの上で、乙女たちの献身的な(そして少し過激な)介抱を受けていた、その裏側。
戦場と化した『バベル・アーク』周辺では、大人たちの、もう一つの死闘が繰り広げられていた。
「――ジン! 右翼から回り込め! ブルックは正面のヒッポグリフを抑えろ! 怯んだところに、俺が叩き込む!」
瓦礫が散乱する中央広場で、ギルドマスターの怒号が響き渡る。その巨躯は、返り血と土埃で汚れ、普段の飄々とした態度は見る影もない。彼は、愛用のクレイモアを獣のように振り回し、襲い来るグリフォンの一体の翼を叩き斬っていた。
「応!」
「任せろ!」
ブルックの大盾が、ヒッポグリフの鋭い嘴を受け止め、火花を散らす。その巨体を押しとどめている間に、斥候のジンが影のように背後へ回り込み、その脚の腱を的確に切り裂いた。完璧な、歴戦の連携だった。
だが、敵の数は、あまりにも多い。
自衛隊の弩級バリスタが空を睨み、次々と矢を放つが、市街地での戦闘では、その威力も制限される。隊員たちは、ライフルを手に、地上で暴れる怪異たちと必死の攻防を繰り広げていた。
「くそっ、キリがねえ!」
ブルックが悪態をつく。その時だった。
「――皆様、お待たせいたしましたぁ♪」
場違いなほど、明るく、そしてのんびりとした声。
ひらひらと、フリルのついたエプロンドレスを翻しながら、戦場に現れたのは、ギルドの受付嬢、セラだった。その華奢な腕には、彼女の身体ほどもある、無骨な対怪異用の超大口径ライフルが、まるでハンドバッグのように抱えられている。
さかのぼること、数十分前。ギルドの臨時指令室。
「まずいな……戦力が、足りん!」
モニターに映し出される惨状に、ギルドマスターは歯噛みしていた。その時、彼の視界の隅で、セラが優雅にお茶を淹れているのが目に入った。
「――セラ! お前も出てくれ!」
「えー、やですよぉ。時間外労働ですしぃ、それに、私の『弾丸』、ちょっとお高いんですから♪」
セラは、にっこりと完璧な笑顔で言い放つ。
「なんでも望みを言ってくれ! 後生だ!」
ギルドマスターの必死の懇願に、セラは、うふふふ、と楽しそうに笑った。
「じゃぁ、仕方ないですねぇ……」
そして、現在。
「ふふっ♪ 風が気持ちいいですねぇ」
セラは、鼻歌でも歌いそうな気軽さで、巨大なライフルのスコープを覗き込んだ。そして、突進してくるヒッポグリフの眉間、その一点に照準を合わせる。
にこやかな表情のまま、彼女はこともなげに、引き金を引いた。
ドゥゥゥゥンッ!!
空気を震わす、腹の底に響くような轟音。
放たれた弾丸は、ヒッポグリフの硬い頭蓋骨を、まるで紙のように貫通した。一撃だった。巨体が、勢いを失って地面に激突し、動かなくなる。
「あ、ブルックさーん、そっち、一体行きますねー」
セラは、よそ見をしながら、がっこん!と、慣れた手つきで次弾を装填する。そして、背後から迫るグリフォンに、振り向きもせずに、腰だめ撃ちの体勢から、再び引き金を引いた。
ドゥゥゥゥンッ!!
二発目の轟音。弾丸は、グリフォンの心臓を正確に撃ち抜き、その巨体を数歩、後ずさらせた。
「「「…………」」」
ギルドマスターも、ブルックも、ジンも、そのあまりの光景に、一瞬だけ動きを止めた。
(……久々に見たけど、やっぱりスゲー迫力な...)
ギルド職員全員が、そのギルドの隠し玉の威力を再確認した。
セラの、規格外の狙撃能力が加わったことで、戦況は一気に傾いた。
彼女が、笑顔で敵の急所を「処理」していく間に、ギルドマスターたちが残敵を掃討し、自衛隊が負傷者を救助する。
やがて、全ての怪異が鎮圧され、『バベル・アーク』に、ようやく静寂が戻った。
戦いが終わった後。
ギルドマスターは、後片付けの指示を飛ばしながら、瓦礫の上に腰掛けていた。そこに、セラが、にこにこしながら近づいてくる。
「マスター♪ お疲れ様ですぅ。それで、約束の『望み』のことなんですけどぉ」
「……うっ」
ギルドマスターは、げっそりとした顔で、天を仰いだ。
「……まあ、わしに何とかできる範囲で、頼む」
「えっ! じゃぁ、できる範囲でいいんでぇ、特別ボーナスとぉ、アリアちゃんとの、二人きりのお食事会のセッティングをお願いしますわ♪ あ!あと、メンテナンスと今回使った分を錬成しておかないといけないので、数日のおやすみを。……それなら、できますでしょ♪」
セラは、完璧な笑顔で、しかし目の奥は全く笑わずに、そう言い切った。
「あ……あぁ……。タイミングを見て、話してみるから、少し待ってくれ……」
ギルドマスターは、力なくそう答えることしかできなかった。
アリアが、新たな「指名依頼(という名の厄介事)」に巻き込まれるまで、あとわずか。
街の平和は、今日も、地味で、偉大な大人たちと、ちゃっかりした最強受付嬢の活躍によって、守られたのだった。




