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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
第4章:紫水晶の誓い

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第51話:ずぶ濡れの黒猫と、陽菜劇場開幕


旧地下鉄での探索を終え、家に帰った僕たちは、泥のように眠った。

危険な冒険と、手に入れた新たな力。そして、その代償。心地よい疲労感と、達成感、そして微かな不安が入り混じったまま、夜は更けていった。


その頃、街の片隅の路地裏。

一匹の黒猫は、首につけられた冷たい金属の感触に、絶望と屈辱で打ち震えていた。

(……あの魔女め! 私のプライベートを、24時間監視する気だにゃ!)

リリィは、ケイ(エレクトラ)という、アリアとは別の意味での規格外の存在に、完全に白旗を上げていた。このままでは、自由な情報収集もままならない。

(こうなったら、一刻も早く、アリアの家に潜り込むしかない! あそこなら、あの魔女も、まさか四六時中、家の中まで覗き見たりはしないはず……! たぶん!)


決意を固めたリリィは、翌日の午後、最後の手段に打って出ることを決めた。

プライドも、賢者としての矜持も、今はかなぐり捨てる時だ。


翌日の午後。

陽菜は学校の補習、ケイは「エレクトラ様への報告書作成」という名目で、僕とは別行動だった。僕は、探索で消耗した装備を補充するため、一人でギルドのショップへ向かっていた。


その僕の後ろ姿を、リリィは物陰からこっそりと追跡していた。

(よし……アリアは一人だにゃ。どこかで弱ったふりをして、同情を誘うチャンスを……)

リリィがそんなことを考えて、僕の動向に集中していた、その時。


大きな川にかかる橋の上で、僕がふと、足を止めた。そして、何気なく周囲を見回すように、ゆっくりと振り返り始めた。


(やばいにゃ! 気づかれるにゃ!)

リリィは、僕の何気ない仕草を、自分への警戒だと完全に勘違いした。

慌てた彼女は、咄嗟に近くの橋の欄干に飛び乗り、その向こう側へ身を隠そうとした。

だが、焦っていたせいか、その小さな肉球を、つるり、と滑らせてしまう。


「あ!」

僕の口から、小さな驚きの声が漏れた。

僕が振り返った先で、見慣れた黒猫が、信じられないほど間の抜けた格好で、欄干から足を滑らせていたからだ。


「にゃーっ!?」

リリィも、自分の失態に気づく。あっ、と思う間もなく、彼女の身体はバランスを崩し、重力に従って欄干の外へと投げ出された。

そして、情けない悲鳴と共に、川へと真っ逆さまに落ちていった。


――ザッパァァン!!


「…………」

僕は、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

だが、川の中で、小さな黒い点が必死にもがき、流されていくのが見える。この川は流れがそこそこ速い。このままでは、下流のどこかに流されて、本当に命が危ないだろう。

(……面倒な)

僕は、深いため息を一つついた。

だが、見捨てるという選択肢は、僕の中にはなかった。


僕は、橋の上から最短距離で川岸へと駆け下りると、ためらうことなく、ザブザブと川の中へ入っていった。

「あ、あの子、川に!」

周囲の通行人たちの驚きの声を背に、僕はアリアの身体能力を使い、流れに逆らって進む。

水深は膝上あたりまでしかない。この程度の流れに、僕が足を取られることはなかった。

僕は、流されていくリリィを追いかけ、その小さな首根っこを、ひょいと掴み上げた。


「……ぷはっ! げほっ、ごほっ!」

水から引き上げられたリリィは、盛大に水を吐き出し、僕の手の中でぐったりとしている。

(……くっ、け、決して事故とかではない! うん。さすが私! ばっちり計画通りにゃ!)

その内心の必死な強がりを、僕は知る由もない。


「ったく、ドジな猫だな」

僕は呆れながらも、びしょ濡れになったリリィを抱え、川から上がった。

僕が岸に上がると、見ていた人々から「おおー!」という拍手と歓声が上がった。僕は、それに軽く会釈すると、すぐにその場を立ち去った。


ずぶ濡れになった僕のパーカーも、腕の中の猫も、冷たい水を吸って重い。このままでは、風邪をひいてしまう。

「……仕方ない。一度、家に帰るか」

僕は、買い物を中断し、リリィを抱えたまま、陽菜の待つアパートへと引き返すことにしたのだった。


ガチャリ、とアパートのドアを開ける。

「ただいま……」

「おかえり、蓮! ……って、きゃああああ!? なんで、そんなにずぶ濡れなの!?」

ちょうど補習から帰ってきていた陽菜が、僕と、僕の腕の中のリリィを見て、悲鳴を上げた。

「この猫が、川に落ちてな」

「ええっ!? あの黒猫さんも!? 大変!」


そこからは、まさに「陽菜劇場」の開幕だった。

「もーっ! 蓮も猫ちゃんも、早くお風呂入って! 風邪ひいちゃうでしょ! タオル! タオル持ってくるから!」

陽菜は、大慌てで僕たちを風呂場へと押し込むと、パタパタと走り回って、大量のふかふかのタオルを持ってきた。


「まずは猫ちゃんから! よーしよし、怖くないからねー」

陽菜は、僕が止める間もなく、リリィを優しく洗い始めた。

(な、なにするにゃ! 人間の小娘が、気安く私の身体を……! あ!…そ、そんなとこ…あっああ…うっ。き、気持ちいいにゃ……ごろごろ……)

リリィは、その抗いがたい温かさと気持ちよさで、完全に陥落していた。


リリィを洗い終えた陽菜は、ドライヤーで丁寧に毛を乾かし、ふかふかになって、なされるがままになったリリィを、リビングのソファに置いた。

そして、次に、ずぶ濡れの僕に向き直る。

その瞳は、心配と……それ以上の、何かキラキラとした期待感に満ちていた。思わず、僕は一歩引いた。


「さ、次は蓮の番だよ!」

「い、いや、俺は一人で……」

「だーめ! こんなに冷えちゃってるんだから、私がしっかり温めてあげないと!」

陽菜は、僕の両腕を掴むと、ぐいぐいと脱衣所へと引っ張っていく。


「蓮くーん? さぁさ、脱ぎましょうね~」

「あ、や、陽菜? や、やめようね? ちゃんと自分で脱げるし!」

「えー? 水で濡れた服って、とっても脱ぎにくいんだよぉ。さぁさぁ、て・つ・だ・っ・て・あ・げ・る・か・らっ!」

陽菜は、そう言いながら僕のパーカーに手をかけた。その顔は耳まで真っ赤に染まっているのに、つい上がってしまう口角を抑えきれていない。完全に、楽しんでいる。


「あ、う、ひ、ひなちゃん……!?」

僕の制止も虚しく、陽菜は「そーれ!」と掛け声と共に、僕のパーカーと下のTシャツを、一気に引き抜いた。

すっぽーん!

万歳ポーズのまま、僕の上半身が露わになる。

僕と陽菜の目が、至近距離で、ぴたりと合った。

しーん……と、時が止まる。

やがて、二人の視線は、吸い寄せられるように、ゆっくりと下へ……僕の、アリアの、華奢な身体へと下がっていって――。


「「…………っ!!」」


次の瞬間、僕と陽菜は、くるっ!と同時に反対方向を向いた。

「は、は、早くお風呂入ってよね! そ、その服も、洗わないといけないんだからっ!」

陽菜が、背中を向けたまま、甲高い声で叫ぶ。

「さ、さきに入ってるよ!」

僕は、パニックになった頭で、それだけを返すのが精一杯だった。

――そして、お風呂に入って気づく。焦りと混乱のあまり、後から陽菜が風呂場に来ることを、認めてしまってないか!?


(しまった……!)

だが、もう遅かった。

ガチャリ、とドアが開く音と共に「せ、背中、流してあげるから……!」という、お決まりのセリフが聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。


その夜。

リビングのソファでは、陽菜に買ってきたばかりの高級キャットフードを与えられ、満腹になって丸くなるリリィの姿があった。

(……くっ。屈辱だにゃ。でも、このカリカリ、うまい……。それに、この家、落ち着くにゃ……)

彼女の潜入計画は、最も予想外の形で、しかし完璧に、達成されてしまった。


そして、風呂上がりの僕は、陽菜に髪を乾かされながら、ソファで幸せそうに眠る猫を眺めていた。

「よかったね、この子。名前、なんてつけようか?」

「……別に、飼うとは言ってないぞ」

「えー! もう、この子はうちの子だよ! そうだ、『リリィ』なんてどうかな? なんか、百合の花みたいに、気高くて綺麗だから!」


こうして、僕たちの秘密の同居生活に、図らずも、新たな家族(?)が加わった。


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