第43話:情報収集と、中庭のサロン
あの朝の後、僕と陽菜は、かなり気まずい空気の中、朝食をとった。陽菜は、ずっと顔を真っ赤にしながら、僕と目を合わせようとしない。僕も、今朝の出来事を思い出してしまい、どうにも落ち着かなかった。
陽菜が学校へ行った後、僕は頭を切り替えるように、本格的な情報収集を開始した。
持久力向上のヒントを探すため、僕はまず、アリアとしてギルドの資料室へと向かった。埃っぽい地下の書庫には、古今東西の戦闘技術や、魔力に関する文献が、所狭しと並んでいる。
(……この世界のエネルギー体系は、『魔素』が基本。だが、アリアの身体は、それとは違う『生命エネルギー』を燃焼させている。この二つを、どうにかして結びつけられないか……)
僕は、アリアの脳に叩き込まれた知識を元に、仮説を立てながら、関連しそうな古文書を片っ端から読み解いていく。その集中力と読解速度は、もはや人間業ではなかった。
「……ダメだ。これといった情報はないな」
数時間後。僕は、めぼしい文献を全て読み終えたが、決定的な解決策は見つからなかった。
(こうなったら、あいつに頼るしかないか……)
僕は、ギルドを出ると、路地裏でスマホを取り出し、あの気まぐれな魔女、『エレクトラ』とのチャットアプリを起動した。
僕:『聞きたいことがある』
数秒後、すぐに返信が来た。
エレクトラ:『まあ! アリア様からご連絡をいただけるなんて! 今日の太陽は西から昇りましたか!?』
相変わらずのテンションだ。
僕:『エネルギー効率の良い身体の動かし方、あるいは、外部から生命エネルギーを補給する方法について、何か情報はないか』
エレクトラ:『……なるほど。アリア様の、あの凄まじいまでの短期決戦スタイル。その理由は、エネルギー効率にありましたか。ふふふ、女神様の弱点の補完方法、全世界のデータベースにハッキングしてでも、見つけ出してご覧にいれましょう! 少し、お時間をくださいな♪』
そのメッセージを最後に、彼女は再びオフラインになった。
(……本当に、頼りにしていいのか?)
一抹の不安を覚えながらも、今は彼女の能力に賭けるしかなかった。
その頃。
防衛高校の中庭では、陽菜がクリスティーナたちとのランチ会に参加していた。
今日のセバスチャン特製「お弁当」は、色とりどりのフルーツがふんだんに使われた、宝石のようなフルーツサンドだった。
「陽菜さん、なんだか今日、ぼーっとしていますわね? 何か悩み事でも?」
クリスティーナが、心配そうに陽菜の顔を覗き込む。
「え!? あ、いえ、何でもないです!」
陽菜は、ぶんぶんと首を横に振った。今朝の出来事を思い出して、顔が熱くなる。
(蓮の寝顔……可愛かったな……。ううん、私、何を考えてるの!)
陽菜の僅かな表情の変化を、クリスティーナは見逃さなかった。彼女は、扇子で口元を隠し、ジトっとした目で陽菜を見つめた。
「……ふーん。そうですか。ひょっとして、昨夜、アリア様と何か良いことでもおありになったのではなくて?」
「ぶっ!?」
陽菜は、飲んでいたフルーツジュースを吹き出しそうになった。
「な、な、な、何でもありませんってば!」
あからさまに動揺し、アワアワと手を振る陽菜の姿を見て、クリスティーナは確信を深め、楽しそうに「うふふふ」と笑った。
「まあ、よろしいですわ。一体、何があったのかしら……。今度、わたくしにだけ、ナイショで教えてくださいね?」
クリスティーナの言葉に、陽菜は「ち、違いますってば!」と必死に否定するが、その動揺ぶりは、逆に令嬢たちの好奇心を煽るだけだった。令嬢たちは、それぞれ明後日の方向に視線を向けながら、顔を赤らめていた。
(こ、この人たち……! 絶対、変なこと考えてる!)
陽菜は、いたたまれなさでいっぱいになりながら、慌てて話題を変えようとした。
その時、クリスティーナが、まるで助け舟を出すかのように、新たな話題を切り出した。
「そういえば、皆さんはご存知かしら? 来月あたりから、そろそろ『選抜戦』の選手選考が始まるという噂ですわよ」
「ああ、学校対抗戦の!」
「もうそんな時期かー」
友人たちが、色めき立つ。
「選抜戦?」
陽菜が首を傾げると、クリスティーナは少し得意げに説明を始めた。
「全国に点在する、わたくしたちのような防衛高校が、年に一度、その実力を競い合う、国内最大のイベントですわ。個人戦、団体戦、様々な競技があって、それはもう盛り上がりますのよ」
「へぇー、そんなのがあるんだ」
「去年の個人戦、優勝は伊集院でしたわね。あれほどの才能がありながら、道を誤るとは……実に勿体ないことですわ」
クリスティーナは、心底残念そうにため息をつく。
「でも、今年は陽菜さんがいるじゃありませんか!」
令嬢の一人が、期待に満ちた目で陽菜を見た。
「そうよ! 学年トップの陽菜さんなら、絶対に1年生の代表に選ばれますわ!」
「ええーっ!? む、無理だよ、私なんて!」
友人たちの言葉に、陽菜は慌てて手を振る。
だが、その瞳の奥には、かすかな闘志の光が宿っていた。もし、自分が代表に選ばれたら……蓮に、もっとすごいって思ってもらえるかな。
そんな淡い期待が、彼女の胸に芽生え始めていた。
この中庭での会話が、僕たちの未来に、新たな目標と、そして新たな波乱を呼び込むことになる。
そして、その日の夜。僕のスマホが、予想だにしない形で、その役割を果たすことになるのだった。




