第40話:裁きの光と、深まる闇
壁外合同演習での一件から、数日が経過した。
あの日、僕の目の前で崩れ落ちた伊集院翔は、学園の懲罰委員会にかけられることになった。その査問会は、異例のことに、霧島校長、ギルドマスター、そしてエルロード商会の代理人も同席する、厳粛な雰囲気の中で行われた。
「――以上が、今回の事件に関する調査報告です」
モニターには、慧が提供したデータに基づき、再構成された「証拠」が映し出されている。伊集院翔が、いかにして陽菜を陥れようとしたか、その悪質な計画の全貌が、誰の目にも明らかだった。
「伊集院翔くん。何か、申し開きはありますか?」
霧島校長の冷たい問いに、伊集院は顔を青くしたまま、か細い声で反論した。
「ち、違います! これは、何者かによるハッキングです! 私は、嵌められたんだ!」
「ほう? では、この音声データも、通信ログも、全てが捏造だと?」
ギルドマスターの追及に、彼は「そうだ!」と叫ぶ。
だが、その見苦しい言い訳は、もはや誰の心にも響かなかった。動かぬ証拠の前では、彼の言葉はあまりにも無力だった。
最終的に、伊集院翔には「学園の名誉を著しく傷つけ、生徒の生命を危険に晒した」として、最も重い退学処分が下された。彼の側近たちも、事件への関与の度合いに応じて、長期の停学や奉仕活動といった厳しい処分が言い渡された。
学内では、このニュースは瞬く間に駆け巡った。
「陽菜ちゃんは無実だったんだ!」
「伊集院様が、あんな卑劣なことをするなんて……信じられない」
生徒たちの評価は、180度反転した。陽菜への同情と賞賛、そして伊集院への失望と軽蔑。学園の「王子様」は、一夜にして、ただの「卑劣な犯罪者」へと堕ちたのだ。
だが、話はそれで終わりではなかった。
事件の報告を受けた警察組織は、当然、伊集院権三の関与についても捜査を開始しようとした。
しかし、彼らの動きは、不可解な壁に阻まれることになる。
「なんだと!? 関連書類が、全て昨夜のうちに処分された!?」
「伊集院事務所のサーバーも、完全に初期化されている……!?」
「証人になり得た秘書や関係者も、全員が『長期休暇』で連絡が取れないだと!?」
伊集院権三の動きは、あまりにも迅速かつ周到だった。
彼は、息子の失態を知るや否や、即座に翔を「切り捨てた」。そして、長年付き合いのある裏社会の「掃除屋」や、凄腕のブレーンチームに指示を出し、自身の関与を示す物理的な証拠を、一夜にしてこの世から消し去ったのだ。
慧が確保したデジタルデータは、強力な状況証拠にはなる。だが、権三を直接起訴するには、それを裏付ける物証が必要だった。その物証が、完全に消滅してしまった。
しかし、彼の失墜は避けられなかった。
「――エルロード商会は、本日をもって、伊集院権三氏が役員を務める全ての関連企業との取引を、無期限に停止することを決定いたしました」
クリスティーナの号令一下、経済界の巨人が動いた。
エルロード商会が動けば、他の企業も追随せざるを得ない。伊集院家の資金源は次々と断たれ、彼の政治家としての影響力は、日に日に削がれていった。
最終的に、伊集院権三は「息子の監督不行き届き」の責任を取るという形で、いくつかの重要ポストを辞任するに留まった。致命傷は避けたものの、彼の権威が大きく傷ついたことは、誰の目にも明らかだった。
その夜、誰もいなくなった屋敷で、伊集院権三は一人、グラスを傾けていた。
「……クリスティーナ・エルロード……橘陽菜……そして、謎の冒険者、アリア……」
彼の瞳には、静かだが、底知れない怒りの炎が燃えていた。
「面白い。面白いではないか。私の計画を、こうも鮮やかに打ち砕いてくれるとは」
彼は、息子を失ったことを悲しんではいない。ただ、自らのプライドが、計画が、土足で踏みにじられたことへの屈辱に、その身を震わせていた。
「このまま、引き下がると思うなよ……」
彼は、闇に紛れて生きる「別の駒」に、連絡を取り始めた。
「金なら、いくらでもある。お前たちの『力』で、あの小娘どもに、本当の絶望を教えてやれ……」
伊集院翔という目に見える脅威は去った。
だが、その背後には、より狡猾で、より危険な、本当の巨悪が潜んでいる。
事件は一つの結末を迎えたが、それは同時に、僕たちを標的とした、新たな戦いの始まりを告げる、不気味なゴングでもあった。
大きな禍根は、まだ、この街の闇の奥深くに、静かに横たわっている。




