第4話:秘密の看病と、戸惑い
目の前で、黒いフードを被った人が倒れた。
その身体を、私は夢中で抱きしめる。
「蓮! しっかりして、蓮!」
呼びかけても、返事はない。ぐったりとした身体は、見た目以上に軽かった。
フードがずれて、月明かりに照らされた銀色の髪と、気絶していてもわかる、信じられないくらい綺麗な顔立ちが現れる。
こんな綺麗な人、見たことがない。
声も、背格好も、髪の色も、顔も、何もかもが蓮じゃない。
でも、わかる。
絶対に、蓮だ。
だって、私のピンチに駆けつけてくれるタイミングが、いつもと同じだったから。
私を庇う時の立ち方が、いつもと同じだったから。
私が「危ない!」って叫んだら、ちゃんとそれに合わせてくれたから。
そして何より、私が「蓮?」って呼んだ時、あの金色の瞳が、確かに動揺に揺れたから。
好きな人を、幼馴染を、見間違えるはずがない。
何がどうしてこうなったのか、全然わからない。でも、今はそんなことどうでもいい。
蓮は生きている。それが全てだ。
「……っ、うぅ…」
涙が止まらない。よかった。本当に、よかった。
泣きながら、蓮の身体を強く抱きしめる。
でも、いつまでもこうしてはいられない。このまま誰かに見つかったら、この姿の蓮がどうなるかわからない。絶対に、守らないと。
「……蓮、ちょっとごめんね」
私は涙を拭うと、決意を固めた。
蓮の身体は驚くほど軽くて、私一人でもなんとか背負うことができた。彼の――今は彼女だけど――バックパックも拾い、周囲を警戒しながら、人気の無い路地裏を選んで、必死に家への道を急ぐ。
幸い、スタンピードの混乱で街はまだ騒がしく、フードを深く被せた蓮を背負っていても、誰にも怪しまれずに済んだ。
自分の部屋にたどり着き、そっと蓮をベッドに下ろす。
まずは怪我の確認だ。
パーカーを脱がせると、肩に生々しい裂傷があった。幸い、傷はそれほど深くない。
「もう、無茶して……」
救急箱を持ってきて、消毒液で傷口を優しく拭う。蓮は小さく身じろぎしたけど、起きる気配はない。
包帯を巻き終えて、ホッと一息。
それから、私は気づいてしまった。蓮の服は、戦闘の汗と土埃でドロドロだ。このままじゃ、気持ち悪いだろうな。
「……し、仕方ないよね…?」
自分に言い聞かせる。これは看病のため。やましい気持ちなんて、これっぽっちも、ない。……多分。
顔が熱くなるのを感じながら、私はお湯で濡らしたタオルを用意した。
緊張で手が震える。そっと、ダボダボの服を脱がせていく。
現れたのは、しなやかで、引き締まった少女の身体だった。薄いけれど、確かに鍛えられているとわかる筋肉のライン。白い肌。
「……うぅ」
見てはいけないものを見ている罪悪感と、好奇心で、心臓がバクバクと音を立てる。蓮の身体なのに、蓮じゃない。でも、これは蓮で……。
頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。
ドキドキと、少しだけワクワクしながら、汗や汚れを丁寧に拭いていく。
最後に、クマさんパジャマと下着を出してきて、そっと着せてあげた。
ベッドに横たわる、銀髪の美少女姿の蓮。
スースーと穏やかな寝息を立てている。
さっきまでの嵐のような出来事が嘘みたいだ。
私はベッドの脇に座り込み、その寝顔をじっと見つめた。
一体、何があったんだろう。どうして、こんな姿に?
聞きたいことは山ほどある。
でも、今はいい。
「おかえり、蓮」
そっと銀色の髪を撫でる。
蓮が目を覚ましたら、まず何て言おう。
ううん、何を言うかより先に、ちゃんとごはん、作ってあげなくちゃ。
そんなことを考えながら、私は蓮が目覚めるまで、ずっとその傍らに寄り添っていた。




