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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
第3章:学園の王子と電子の魔女 ~忍び寄る悪意~

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第37話:銀色の怒り

 

『――橘陽菜、規律違反の容疑により拘束とのこと。至急、救援に向かわれたし』


 ギルドカードから淡く発光しながら届いた、無機質なテキストメッセージ。

 その一文を認識した瞬間、僕の思考は、一瞬にして凍りついた。


 陽菜が? 規律違反で、拘束?

 何かの間違いだ。あの陽菜が、そんなことをするはずがない。


 僕の周囲の空気が、変わった。


 身体強化スキルを発動したわけではない。だが、僕の内に眠るアリアの戦闘本能と、斎藤蓮としての陽菜への想いが結びつき、純粋な、そして絶対零度の怒りとなって、全身から溢れ出す。

 近くにいた夜間部のチームメイトたちが、僕から発せられる尋常ならざるプレッシャーに、「ひっ…」と息を呑んで後ずさった。


「……ごめんなさい。僕は、ここを離れる」

 僕は、チームメイトにそれだけを告げると、踵を返した。

「お、おい、アリア! 演習放棄はペナルティだぞ!」

 背後から制止の声がかかるが、もう僕の耳には届いていなかった。


 目的地は、演習エリアの中央に設置された、臨時本部。

 そこへ向かう最短ルートを、アリアの脳が瞬時に弾き出す。

 僕は地面を蹴った。

 木々を、岩を、障害物の全てを、まるで存在しないかのように飛び越え、駆け抜けていく。景色が、凄まじい速度で後ろへ流れていく。

(陽菜……! 待ってろ、今行く!)

 頭の中は、その想いだけでいっぱいだった。


 数分後。

 僕は、臨時本部の前に到着した。そこは、プレハブの建物がいくつか並び、教官や運営スタッフが慌ただしく行き交っている。

 その一角に、人だかりができていた。

 中心にいるのは、伊集院翔。そして、彼の側にいる西園寺たちに腕を拘束され、うなだれる陽菜の姿があった。

 陽菜の顔色は悪く、焦点が合っていない。明らかに、正常な状態ではなかった。

 そして、彼女に向けられる、周囲の生徒たちの冷たい視線。侮蔑、非難、失望。

 その光景を見た瞬間、僕の中で、何かが、ぷつりと切れた。


 僕は、静かに、人だかりへと歩みを進めた。

 僕の登場に、最初に気づいたのは伊集院だった。彼は、僕の姿を認めると、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに完璧な「心配するリーダー」の仮面を被った。

「アリアくん! 君も来たのか! そうだ、君からも言ってやってくれ! 橘さんが、一体何をしたのかを……!」

 伊集院が、さも悲劇の主人公であるかのように語り始めた、その時。


 僕は、彼の言葉を遮り、陽菜の腕を掴んでいる西園寺たちの前に立った。

 ただ、そこに、立っただけ。

 だが、僕から放たれる無言の圧力が、彼らを射抜いた。

「……っ」

 西園寺たちは、まるで巨大な肉食獣に睨まれた草食動物のように、顔を引きつらせ、じりじりと後ずさる。そして、たまらず陽菜の腕を離した。


 自由になった陽菜の身体が、ぐらりと傾ぐ。

 僕は、その身体を、倒れる寸前で支え、自分の腕の中に抱きかかえた。

「……蓮……?」

 朦朧とした意識の中、陽菜が、か細い声で僕の名前を呼んだ。

「……大丈夫だ。もう、大丈夫だから」

 僕は、陽菜にだけ聞こえるように、静かに囁いた。


「――何をするんだ、アリアくん!」

 伊集院が、僕の行動を咎めるように声を張り上げた。

「彼女は、私怨から炎のスキルで人を焼いたその場を、現行犯で取り押さえられた容疑者だ! 下手に近づくんじゃない!」

 僕は、陽菜を抱きかかえたまま、ゆっくりと伊集院に向き直った。

 サングラスの下の金色の瞳で、彼の偽善に満ちた顔を、まっすぐに見据える。


「……現行犯...容疑者、だと?」

 僕の声は、低く、静かだった。だが、その場にいた誰もが、その声に含まれた絶対的な怒りを感じ取り、背筋を凍らせた。

「ああ、そうだ! 彼女は、仲間である生徒にスキルを暴走させ、重傷を負わせた! 多くの目撃者もいる! 彼女は、もう……」

「黙れ」


 僕の一言が、伊集院の言葉を切り裂いた。

「……なんだと?」

「茶番は終わりだ。三流役者」


 僕がそう言い放った、まさにその瞬間だった。

 僕のギルドカードが、淡い光を放ち始める。

 慧が仕掛けた、情報開示のトリガーが作動したのだ。


 臨時本部にいた、ギルドマスター、霧島校長、そして別行動を取っていたクリスティーナ。彼らの持つ端末に、一斉に、慧からの『女神への貢ぎ物』が届けられる。

 買収の証拠。偽の証言計画。薬物のデータ。航行ログ。

 伊集院翔の「完璧な計画」の全てが、白日の下に晒される。


 ギルドマスターの顔から、笑みが消えた。

 霧島校長の瞳に、冷たい光が宿った。

 クリスティーナの顔が、怒りで真っ赤に染まった。


 伊集院は、まだ何も知らない。

 彼は、僕の不遜な態度に、プライドを傷つけられたように顔を歪めた。

「……面白い。新入りの特待生が、随分と大きな口を叩くじゃないか。いいだろう。君が、そこまで彼女を庇うというのなら、君にも共犯の疑いをかけざるを得ないな」

 彼は、自分がまだ、この舞台の支配者であると信じて疑っていなかった。


 僕は、腕の中でぐったりとしている陽菜を、そっと近くのベンチに横たわらせる。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、伊集院の前に、再び立った。


「……共犯、か。いいだろう」

 僕は、フードを深く被り直し、サバイバルナイフの柄に、そっと手をかけた。

「ならば、お前のその歪んだ正義ごと、俺がここで裁いてやる」


 銀色の怒りが、今、解き放たれようとしていた。

 逆転の舞台の幕は、上がった。


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