第24話:お嬢様の電光石火アプローチ
僕が家でスイーツと格闘している頃、防衛高校では、陽菜が新たな戦いに直面していた。
昼休み。
陽菜が友人たちと教室でお弁当を広げていると、その穏やかな時間は、突如として破られた。
「――橘さん! いらっしゃいますこと!?」
教室の入り口に、凛とした声が響き渡る。
そこに立っていたのは、燃えるような赤い髪の縦ロール、クリスティーナ・フォン・エルロードその人だった。上級生、それも学園の有名人である彼女の登場に、教室中の生徒たちが息を呑み、一斉に注目する。
「ク、クリスティーナ先輩!? わ、私に何か……?」
陽菜は、おにぎりを喉に詰まらせそうになりながら、慌てて立ち上がった。
クリスティーナは、そんな陽菜の様子などお構いなしに、優雅な足取りで彼女の席までやってくると、にっこりと微笑んだ。
「ええ、もちろん。あなたをお迎えにまいりましたのよ、陽菜さん」
「ひ、陽菜さん!? お迎え!?」
いきなりの名前呼びと、謎の宣言。陽菜と友人たちは、顔を見合わせて困惑する。
「さあ、参りましょう! こんな教室で、無粋な食事などしている場合ではありませんわ!」
クリスティーナは、有無を言わさず陽菜の手を取った。
「え、え、ちょっ……!?」
次の瞬間、陽菜の身体は、信じられない力で引っ張られた。
(な、何この速さ!? 走ってるわけじゃないのに、景色が飛んでいく!?)
優雅な歩みに見えて、その移動速度は明らかに常軌を逸している。陽菜は、なすすべもなく彼女に引きずられるようにして、教室を後にした。
呆然と見送るクラスメイトたち。
陽菜の友人の一人が、ぽつりと呟いた。
「……クリスティーナ先輩って、身体強化系のスキルホルダーだったっけ……?」
陽菜が連れてこられたのは、美しい芝生が広がる学校の中庭だった。
そして、そこには、信じられない光景が広がっていた。
いつの間に運び込まれたのか、豪華な彫刻が施されたテーブルと、純白のクロス。その上には、銀食器やクリスタルのグラス、そして見るからに高級そうな料理の数々が並べられている。
そして、そのテーブルの傍らには、完璧な燕尾服姿の執事、セバスチャンが恭しく控えていた。
(セバスチャン!? なんで学校に!? しかも、このテーブルと料理、どこから出したの!?)
陽菜のツッコミが、心の中で大渋滞を起こす。この執事、空間収納系のスキルでも持っているのだろうか。だとしたら、最強すぎる。
「さあ、陽菜さん、こちらへ。あなたのために、我が家のシェフに腕をふるわせましたのよ」
テーブルには、クリスティーナの友人である令嬢たちも、すでに席についていた。まるで、陽菜が来るのを当然のように待ち構えていたかのように。
陽菜は、完全に包囲された状態で、クリスティーナの隣の席に座らされた。
「さて、陽菜さん。まずは、わたくしたちとのお友達の記念に、乾杯といたしましょう」
クリスティーナが指を鳴らすと、セバスチャンが寸分の狂いもない動きで、全員のグラスに高級そうなフルーツジュースを注いでいく。
「え、えっと……お友達……?」
「まあ、照れなくてもよろしくてよ。昨日のお茶会で、わたくしたちはもう、心の友となりましたもの」
(なってない! なってないです、先輩!)
陽菜の悲鳴は、誰にも届かない。
こうして、陽菜の意思とは全く関係なく、クリスティーナ主催の『陽菜さんとなかよくなろう!ランチパーティー(毎日開催予定)』が、半ば強制的に幕を開けた。
「それでね、陽菜さん。アリア様のことなのですが……」
早速、本題が切り出される。
「アリア様は、普段どのような鍛錬を? やはり、滝に打たれたりなどして?」
「え!? し、してないと思いますけど……」
「では、好きな色は何色かしら? あの黒いパーカーをお召しになっているということは、きっと黒がお好きなのでしょうけれど、わたくしとしては、ぜひ純白のドレスなどもお召しになっていただきたいのですわ。きっと、月の女神のようにお美しいに違いありませんもの」
(……だめだ、この人、完全に脳内でアリアさん(蓮)を偶像化してる……)
陽菜は、クリスティーナと令嬢たちの、斜め上に暴走していくアリア像に、眩暈を覚え始めていた。
「あの、先輩……。アリアさんは、そんなにすごい人じゃなくて、もっと、こう……普通なところも……」
陽菜が、なんとか軌道修正を試みようとした、その時。
クリスティーナは、陽菜の手を両手でぎゅっと握り、キラキラとした瞳で言った。
「わかりますわ、陽菜さん。あなたは、アリア様の素顔を知っているからこそ、そのギャップに心を奪われているのですね! わたくしも、早くその領域に達したいものですわ!」
「違います!」
もはや、会話が成立しない。
陽菜は、助けを求めるようにセバスチャンを見た。だが、セバスチャンは完璧な笑みを浮かべ、優雅にお茶を注いでいるだけだ。彼の忠誠心は、全てクリスティーナにのみ向けられている。
(……もう、だめだ……。蓮、助けて……)
陽菜は、遠い空を見つめ、心の中で幼馴染の名前を呼んだ。
その頃、蓮は、家で高級スイーツを前に、どの順番で食べるのが最も幸福度が高いか、真剣な一人作戦会議を開いていたことを、陽菜はまだ知らない。
陽菜の、胃が痛む学園生活は、まだ始まったばかりだった。




