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幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
第3章:学園の王子と電子の魔女 ~忍び寄る悪意~

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第23話:スイーツとコーヒーと謎の猫 


クリスティーナ邸から持ち帰った、山のようなお菓子の箱。

その夜、陽菜と二人で少しだけ味見をしたが、そのどれもが王都の一級品で、僕の貧しい語彙では表現できないほど美味しかった。

(これほどの逸品だ。合わせる飲み物も、それなりのものでなくては……)

斎藤蓮だった頃の、ささやかな食へのこだわりが頭をもたげる。陽菜の家のインスタントコーヒーでは、このお菓子たちのポテンシャルを最大限に引き出せない。


翌日。陽菜が学校へ行ったのを見計らい、僕は一人、街の少しお洒落な食料品店が集まるエリアへと向かっていた。もちろん、アリアとしての完全防備スタイルだ。


目的の店へ向かう途中、路地裏の塀の上で、一匹の黒猫が香箱座りをしているのが目に入った。夕日のような、不思議な金色の瞳をした猫だ。僕の姿を見ても、全く逃げる素振りを見せない。ただ、じっとこちらを見つめている。

(人馴れしているのか……?)

僕は特に気にも留めず、その場を通り過ぎ、近くのコンビニエンスストアの自動ドアをくぐった。


その瞬間だった。

『ぴろぱぽぱろーん、ぱぽぺぽぽーん♪』

間の抜けた、しかしやけに耳に残る電子音が、僕の入店を知らせるように鳴り響いた。


「いらっしゃいませー」

気の抜けた店員の声。僕の怪しい格好を見て、一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐに興味を失ったようにレジ打ちの作業に戻った。

(ああ。まあ、この格好だからな……)

毎度のことなので、もう慣れた。僕はドリンクコーナーへ向かい、品定めを始める。

「お、このコーヒー豆、評判がいいやつだ。少し高いけど、あのお菓子には合うだろうな」

僕が商品を手に取った、その時。


「あ、あの……っ!」

背後から、緊張した声がかけられた。

振り返ると、そこに立っていたのは、ぐるぐると分厚いレンズのメガネをかけた、少し背の低い猫背の青年?だった。コンビニの店員の制服を着ている。

「……何か?」

「先日、ガーゴイルと戦っていた方、ですよね!? あまりに凄かったので、つい……。あの、その方が目の前にいるなんて……!」

彼?は、興奮で顔を真っ赤にしながら、ペンとサイン色紙をずいっと差し出してきた。

「もし、もしよろしければ、サインをいただけないでしょうか!?」

「……人違いでは?」

「いえ! 間違いありません! あの圧倒的な強さ、美しい戦い方……。俺、一目で、ファンになりました……!」


(……熱烈だな)

僕は内心で頭を抱える。

「サインは、していない」

僕が断ると、子犬のようにしょんぼりとした顔になった。

「そ、そんな……。でしたら、サイン頂けるなら、何かお礼を! 私、この街の電子の海では、ちょっとした有名人なんです! 私に敵うハッカーはいません! 貴方のためなら、どんな情報でも、どんなシステムでも、突破してみせます! きっと、お役に立てるはずです!」


なんだか、すごいことを言い出した。この人、大丈夫か?

だが、情報収集能力は、今後の僕にとって大きな武器になるかもしれない。まぁ、ほんとなら?だけど......無下に断るのも、かわいそうな気がしてきた。

それに、彼の目は純粋な憧憬に満ちていて、悪い人間には見えなかった。


「……はぁ。わかりました。サインくらいなら...」

「ほ、本当ですか!?」

「今、即席で作るけど、それでもいいのなら」

「もちろんです! 私が、貴方様のサイン第一号……! 家宝にします!」

感極まったようにぶんぶんと頭を縦に振る。

僕は、受け取った色紙に、少しだけ悩んでから、『Aria』と、誰でも書けそうな筆記体をサラサラと書き付けた。

「……これでいいか?」

「はは……はい! ありがとうございます! あ、貴方様、『アリア』様というのですね! ありがとうございます!」

小さく色白な震える手で色紙を受け取ると、深々と頭を下げた。

「あ、そうだ! このコーヒー、お代は結構です! 私からの、ささやかなプレゼントです!」

そう言って、僕が持っていたコーヒー豆を奪い取ると、すごい勢いでレジの裏へと消えていった。


(……変な奴だなぁ?)

だが、まあ、コーヒー豆がタダになったのはラッキーだ。僕はありがたくそれを受け取り、店を出た。


『ぴろぱぽぱろーん、ぱぽぺぽぽーん♪』


再び、あの珍妙な音楽が鳴り響く。

僕は苦笑しながら、家路についた。

ふと、先ほどの路地裏に目をやると、まだあの黒猫が同じ場所で座っていた。僕のことを、まだじっと見つめている。

(何かしたかなぁ、僕……)

手を差し伸べようとしたが、猫はさっと身を引いた。でも、逃げはしない。不思議な距離感だ。

僕は首を傾げたが、特に気にせず、陽菜の待つ(今日はまだいないが)アパートへと向かった。


アパートのドアを開け、一人きりの部屋に入る。

「ふんふーん♪ ただいまー。……誰もいないけど」

僕は、先ほどまでのクールな『アリア』の仮面を脱ぎ捨て、すっかり『斎藤蓮』に戻っていた。

買ってきたコーヒー豆の袋をテーブルに置き、クリスティーナからもらったお菓子の箱を開ける。


「スッイーツ、スッイィツゥ~♪ わったっしっのっ、わたしのスッイィツゥ~♪」


僕は、上機嫌でオリジナルの歌を口ずさみながら、どれから食べようかとお菓子の箱を覗き込んだ。その姿は、ただの可愛らしい少女としか言えない、無邪気なものだった。


その、ほんの数分前。

路地裏の塀の上で、金色の瞳を持つ黒猫は、信じられないものを見たかのように、全身の毛を逆立てていた。


(……今の、あのコンビニから出てきたのは……あれは、間違いなく冒険者の『アリア』のはず……。あの雰囲気、間違いないわ……にゃ)

猫は、頭の中でそう結論付けた。だが、その後の光景が、その結論を根底から揺るがした。

(なのに、今のあの鼻歌はなんなんだにゃ? あのスキップは? あの、全身から溢れ出る『スイーツ楽しみルンルンオーラ』は、一体……!?)


猫の脳裏に、ある人物の姿が浮かぶ。常に冷静沈着、感情を表に出さず、固形栄養食以外は口にしないような、まさしく戦闘人形だった人物。

だが、今目の前を通り過ぎていった「アリア」は、明らかに違う。

(わ、私が知っている『アリア』と、雰囲気が、ぜんっぜん違うにゃいか……!?)


あまりのギャップに、猫の脳は処理落ちを起こし、その場でフリーズしてしまっていた。

アリアが手を差し伸べてきた時も、驚きのあまり、咄嗟に身を引いてしまった。

(……あのアリアが、猫に手を差し伸べるなんて……。やっぱり、別人なのか……? 一体、何があったんだにゃ……?)


気になる。気になって仕方がない。

声をかけたくても、出るのは「にゃー」という鳴き声だけだ。

(……こうなったら、仕方ないにゃ。気にしないようにしよう。うん、そうしよう)

猫はそう決意して、ぷいっとそっぽを向いた。

……が、数秒後には、もうアリアが去っていった方向を、そわそわと見つめていた。


(……やっぱり、気になるにゃあああ!)


結局、猫は好奇心に勝てなかった。

あの謎めいた冒険者の周りを、こっそり付きまとってみることに決めたのだった。


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