表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の 『女の子同士だから大丈夫!』 が一番大丈夫じゃない!  作者: 輝夜
第3章:学園の王子と電子の魔女 ~忍び寄る悪意~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/142

第20話:根回しと、眠れない夜

 

 その夜。

 僕が部屋でくつろいでいると、陽菜が神妙な顔で入ってきた。

「……蓮」

「どうしたんだ、そんな顔して」

「明日のお茶会、私も行くことになったから」

「……は?」

 僕の口から、素っ頓狂な声が漏れる。

 陽菜は、僕の隣にどかりと座ると、大きなため息をついた。

「はぁ……。もう、心配で心配で、いてもたってもいられなかったんだから!」


 彼女は、今日の昼休みに学校で聞いた噂について話してくれた。

「クリスティーナ先輩、学校の友達もたくさんお茶会に呼んでるらしいわよ。防衛高校の生徒ばっかりの集まりで、蓮が一人で乗り切れるわけないでしょ!?」

「いや、別に乗り切るとかじゃなくて、お茶を飲むだけだと……」

「だーめ! あの人、絶対蓮のこと気に入ってるもん! 根掘り葉掘り、色々聞かれて、万が一にでもボロが出たらどうするの! 私が隣で、しっかりガードしてないと!」

 陽菜は、まるで外敵から雛鳥を守ろうとする親鳥のように、必死な形相でまくし立てる。

 学校関係者、特に有力者のクリスティーナは、蓮の正体を隠す上で最も避けるべき鬼門だ。陽菜が、嬉々として参加を決めるはずがなかった。これは、心配のあまり取った、彼女なりの苦肉の策なのだ。


「……お前、本当にすごいな」

 僕は、自分のためにここまで行動してくれる幼馴染に、感心と、少しの申し訳なさを感じていた。

「すごいとかじゃなくて! 当たり前でしょ! 蓮のことは、私が守るって決めてるんだから!」

 彼女はぷん、と頬を膨らませる。その姿は、口うるさくて、過保護で、でも誰よりも僕のことを考えてくれる、まさにお母さんのようだった。


「……わかったよ。ありがとう、陽菜」

 僕がそう言うと、陽菜は「ふんっ」とそっぽを向きながらも、その口元は少しだけ緩んでいた。


 陽菜がお茶会への参加権を勝ち取ってきた、その日の夕方。

 僕は、陽菜が「絶対安静!」と言って聞かないのをなんとか説得し、一人でギルドへと駆け込んでいた。陽菜の独断先行を、ギルドマスターに報告しておく必要があったからだ。


 執務室で僕の報告を聞いたギルドマスターは、眉間に深い皺を刻んだ。

「……知人、だと? アリア、お前は天涯孤独だと聞いていたが」

「……事情が変わった」

「その知人とやらは、信用できるのか? お前の正体を知っているのか?」

 鋭い追求。僕は黙って頷く。

「……ああ。僕が、唯一信用できる人間だ」


 僕の言葉に嘘がないことを見て取ったのか、ギルドマスターは大きなため息をついた。

「はぁ……。まあ、いいだろう。エルロード嬢も許可したのなら、俺がとやかく言うことではない。だが、くれぐれも面倒事は起こすなよ。お前だけでなく、その知人とやらの身も危うくなる」

「わかっている」

「それから、ギルドの公式記録として、その知人――橘陽菜を、お前の『監視兼サポート役』として登録しておく。何かあった時のためだ。異論はないな?」

 ギルドマスターの素早い判断に、僕は「えっ?」と声を上げそうになったが、ぐっとこらえた。もう、こだわってはいられない。陽菜の安全が確保されるなら、その方がいい。


「……感謝する」

 僕が頭を下げると、ギルドマスターは「貸しは高くつくぞ」とニヤリと笑った。

 彼なりに、僕と陽菜の関係性を慮り、ギルドとして守るための体裁を整えてくれたのだろう。

 僕は受付のセラに陽菜の学生証のデータを渡し、正式な手続きを済ませてから、ギルドを後にした。セラが「まあ! アリア様と橘様は、そういうご関係だったのですね! 尊いです……!」と瞳を輝かせていたのは、見なかったことにした。


 その夜。

 陽菜は、昼間の学校での直談判と、僕の心配とで、心身ともに疲れ果てていたらしい。

 夕食を終え、お風呂から上がると、ソファに座ったまま、こくりこくりと船を漕ぎ始めた。

「……ひな? 風邪ひくぞ。ベッドで寝ろ」

「ん……。だいじょうぶ……。れんが、ちゃんとねるのを、みとどけてから……」

 呂律が回っていない。そう言っている間にも、彼女の身体はソファに沈み込み、やがて静かな寝息を立て始めた。


「……疲れてるんだな」

 僕は、その無防備な寝顔に苦笑し、仕方なく、彼女の身体を抱き上げた。

(……軽い)

 アリアの身体は、僕の知っている斎藤蓮の身体より、ずっと力が強い。陽菜を抱き上げるのは、造作もなかった。

 そっと、寝室へと運び、彼女をベッドにゆっくりと下ろす。布団をかけ、部屋の明かりを消して、リビングに戻ろうとした。

 そして――リビングのドアの前で、ピシリ、と固まった。


 寝室では、陽菜がベッドで眠っている。

 リビングには、ソファと、床。

 そして、僕は、これから寝なければならない。


(……お、俺は、これから、どうすればいいんだ……?)


 陽菜が眠るベッドに、僕が後から入っていく?

 それは、これまでとは全く質の違う問題だった。

 まるで、夜中にこっそり、女の子の部屋に忍び込むような、背徳的なシチュエーションではないか。

(いやいやいや! 無理無理無理無理! 絶対に無理だ!)


 心の中で、僕は激しく頭を振る。

 だが、かといって、僕がソファや床で寝ているのを、朝、陽菜が見つけたらどうなる?

 間違いなく、彼女は怒るだろう。「なんで起こしてくれなかったの!」と。そして、自分がベッドを独占してしまったことに、罪悪感を抱くかもしれない。

 それは、避けたい。


 僕の脳裏で、天使と悪魔が囁き合う。

『ベッドで寝るべきだ。陽菜を起こさず、静かに隣で眠るのが、一番の優しさだ』

『ソファで寝ろ! それが男としての、いや、人としての最低限の矜持だ!』


 数分間の激しい葛藤の末、僕は静かにリビングのクローゼットを開けた。

 そして、予備のクッションとブランケットを取り出し、ソファに、自分の寝床を作った。

 僕は、ベッドで眠る陽菜の穏やかな寝息を聞きながら、ソファで、ゆっくりと目を閉じた。


 翌朝。

「――れーーーーんっ!!」

 耳をつんざくような絶叫で、僕は目を覚ました。

 目の前には、仁王立ちで僕を見下ろす、般若のような顔の陽菜がいた。

「なんで、蓮がソファで寝てるのよっ!?」

「え、いや、それは……」

「私がベッドで寝ちゃったからって、気を遣う必要ないのに! 起こしてくれればよかったじゃない! もう!」

 彼女は、僕が気を遣ったことに対して、本気で怒っているらしかった。

 その純粋な怒りが、昨夜の僕のちっぽけな葛藤を、なんだかとても恥ずかしいものに感じさせた。


「ご、ごめん……」

 僕が謝ると、陽菜は「ふんっ!」とそっぽを向きながらも、「ほら、早く朝ごはん食べるよ! 遅刻する!」と僕の手を引いてくれた。

 その手は、とても温かかった。


 こうして、僕と陽菜の、お茶会当日の朝は、ドタバタと幕を開けたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ