第19話:陽菜、動く
ギルドから帰宅した僕は、カウンターで受け取ったばかりの報酬袋を、陽菜の目の前のテーブルに置いた。ずしり、と重い音がする。
「これ、今回の報酬だ。陽菜に預ける」
「えっ!? こ、こんなにたくさん!?」
袋の中身を覗き込んだ陽菜が、驚きの声を上げる。Aランク相当の報酬だ、僕にとっては見たこともないような大金だった。
「だ、だめだよ! これは蓮が命がけで稼いだお金なんだから、私が預かるわけにはいかないよ!」
「でも、僕は今、陽菜の家に居候させてもらってる。食費も、雑費も、全部世話になってるだろ。だから、これはその分だ」
「それにしたって、多すぎるって!」
「じゃあ、最初くらいは受け取ってくれ。それで、僕の装備を揃えるのを手伝ってほしい。それに、陽菜にも何か……」
「わ、わかった! わかったから!」
僕が食い下がると、陽菜は観念したように、真っ赤な顔で報酬袋を受け取った。
「じゃ、じゃあ、これは二人の『共有財産』ってことで! 私が管理するからね!」
お金のやり取りを終え、僕は陽菜に明後日の予定を伝えた。
「……それで、指名依頼でお茶会に行くことになった」
「お茶会!?」
「ああ。昨日、護衛したお嬢様の」
「変なことされないでしょうね!? 大丈夫なの!?」
陽菜が、すごい剣幕で僕に詰め寄る。
「……まあ、今回の護衛のお礼らしいし、ひどい目に遭ったからな」
「うーん……。それなら、無下にもできないか……。わかったわ」
どうやら、一応は納得してくれたらしい。
翌日の昼休み。防衛高校の教室は、生徒たちの賑やかな声で満ちていた。
「ねえ、聞いた? 陽菜」
友人の一人が、興奮した様子で陽菜に話しかけてきた。
「なんでも、上級生のクリスティーナ様が、明日のティーパーティーに、あの『黒フード』さんを招待したって、ウッキウキで自慢してたらしいのよ!」
「……え?」
陽菜の動きが、ピタリと止まる。
友人は、そんな陽菜の様子に気づかず、話を続けた。
「クリスティーナ様、飛竜の調査で護衛を頼んだらしくて、その腕前にすっかり惚れ込んじゃったんだって! 『わたくしの騎士様』だとか言って、もう大変だったらしいわよ」
「ちょっ……! その話、詳しくっ!!」
陽菜は友人の肩を掴み、すごい形相で詰め寄った。その気迫に、友人は完全に引いている。
「え、え、ええ……。でも、私も詳しくは知らなくて……」
「そう……わかったわ、ありがとう」
陽菜は友人に礼を言うと、決意を固めた顔で席を立った。
「私、ちょっと行ってくる!」
陽菜が向かった先は、上級生の教室だった。幸い、クリスティーナは取り巻きの生徒たちと、優雅に談笑しているところだった。
陽菜は深呼吸を一つして、その輪の中に割って入った。
「――失礼します! クリスティーナ先輩!」
突然現れた下級生に、クリスティーナは怪訝そうな顔を向けた。
「……あなたは? わたくしに何か用かしら」
「はい! 明日、先輩が開催されるお茶会に、私も参加させていただくことはできませんでしょうか!」
陽菜の唐突な申し出に、クリスティーナは扇子で口元を隠し、値踏みするように彼女を見つめた。
「まあ。わたくしのお茶会に参加したい、と? 残念ですが、すでにご招待する方々は決まっておりますの。席に余裕はございませんわ。また次の機会があれば、お声がけいたします」
にべもない断り。だが、陽菜はここで引き下がらなかった。
「そこをなんとかお願いできませんでしょうか! ……実は、アリアさんから、もしよければ同席しないかと、お誘いを受けておりまして……」
陽菜が「アリア」の名前を出した瞬間、クリスティーナの表情が微かに変わった。
「……なんですって? アリアが、あなたを?」
「はい。アリアさんとは、少し……縁がありまして」
「……そう。アリアが、ねぇ……」
クリスティーナは、顎に手を当てて考え込む。
(この方、アリアとどういう関係なのかしら? 昨日の話では、アリアは天涯孤独のはず……。でも、無関係の人間を、あの方が気にかけるとも思えない……)
クリスティーナの頭の中で、様々な憶測が飛び交う。
(……わたくしの知らない、アリアの一面……? よろしいですわ。ならば、この方から情報を引き出すのも一興)
クリスティーナは、内心の計算を隠し、優雅に微笑んだ。
「……そうですわね。アリアたっての希望とあれば、無下にもできませんわ。護衛の方々も同席されると伺っておりますので、3席ほど予備は見ておりました。その席に余裕があるようでしたら、構いませんわよ」
「本当ですか!?」
「ええ。もちろん、常識の範囲での身だしなみはお願いするとして……あら? あなた、本当にいらっしゃるおつもり?」
食い気味に喜ぶ陽菜の様子に、クリスティーナは少しだけ面食らったようだった。
「……まあ、よろしいでしょう。もし本当に来られたのなら、歓迎はいたしますわ」
クリスティーナは、どこか面白そうな顔で陽菜を見ている。
(な、なんなのかしら、この方……。アリアと、ただならぬ関係なのは間違いなさそうね……。ふふ、面白くなってきましたわ。来られるのなら、仲良くしておいた方が、後々のためにもよさそうですわね)
こうして、陽菜は得意の(?)ハッタリと交渉術で、見事にお茶会への参加権を勝ち取ったのだった。




