第15話:飛竜三頭と鉄格子傘
クリスティーナがピクニックシートに戻り、僕がようやく警戒任務に集中できると思った、その矢先だった。
斥候のジンが、血相を変えて叫んだ。
「上空! 来るぞ!」
全員が空を見上げる。風切り谷の向こうから、巨大な影が三つ、猛烈なスピードでこちらに迫ってきていた。
「飛竜……三頭だと!?」
ブルックが低く唸る。クリスティーナは、その姿に一瞬怯んだが、すぐに好奇心が勝ったように目を輝かせた。
だが、状況はそれどころではない。
「セバスチャン! ブルック! ジン! 全員、お嬢様を守れ!」
僕が叫ぶと同時に、一頭のワイバーンが急降下し、僕たちめがけて突っ込んできた。その口から、灼熱の火球が放たれる。
僕は地面を蹴って火球を回避し、その隙に執事のセバスチャンが動いた。
「ムンッ!」
気合一閃。彼が手にしていた黒い長傘が、内側から無数の金属骨を広げ、巨大な鉄格子の盾へと変形する。
(どこに隠し持っていたんだ、そのギミックと質量は……)
セバスチャンは鉄格子傘を軽々と構え、クリスティーナの頭上を完璧に防御した。
僕がセバスチャンに呆気にとられている隙に、二頭目のワイバーンが空から、三頭目が地上から襲い掛かってきた。挟み撃ちだ。
「ブルック、ジン! 二頭は任せる! 僕は最初の一頭をやる!」
「了解!」「応!」
ブルックが地上のワイバーンを大盾で受け止め、ジンがその隙を突いて素早く動き回り、攻撃を仕掛ける。
僕は、再び急降下してくる最初の一頭に集中する。
(燃費が悪いこの身体で、三頭は相手にできない。やるなら、一撃!)
僕は敢えて、ワイバーンの真正面に立った。
「アリア! 危ないですわ!」
クリスティーナの悲鳴が聞こえる。
ワイバーンは、僕を侮ったように、巨大な鉤爪を振り下ろしてきた。
その瞬間を、待っていた。
僕は身体強化を最大まで引き上げる。生命エネルギーが急激に燃え上がるのを感じる。
振り下ろされる爪を、僕はナイフで受け流した。キィン!と甲高い金属音。腕に凄まじい衝撃が走るが、耐える。
そして、受け流した勢いを利用して、ワイバーンの腕を駆け上がった。
僕のありえない動きに、ワイバーンが驚愕の声を上げる。
僕はその背中を駆け抜け、翼の付け根へと到達する。
「これで、終わりだ!」
ありったけの力を込めて、ナイフを突き立てた。グシャリ、という生々しい感触。ワイバーンが苦悶の絶叫を上げる。
バランスを崩したワイバーンから飛び降り、僕は地面を転がって衝撃を殺す。僕の後ろで、巨大な身体が地響きを立てて墜落した。
「はぁっ…はぁっ…!」
一体倒しただけで、息が上がる。視界がチカチカした。
だが、まだ終わっていない。ブルックとジンが二頭の相手をしているが、防戦一方で、じりじりと追い詰められていた。
「加勢する!」
僕が駆け出そうとした時、クリスティーナが叫んだ。
「待ちなさい、アリア!」
彼女は、墜落したワイバーンの亡骸を見つめていた。その瞳には、先ほどまでの好奇心はない。剥き出しの「死」を前に、恐怖と……そして、何か別の強い感情が宿っていた。
「もう……もういいですわ。帰りましょう」
彼女の声は、震えていた。
「おいおい、お嬢様! あいつらを放っておいたら、街まで追ってくるかもしれねぇぞ!」
ジンが叫ぶ。その通りだ。ここで仕留めなければ、被害が拡大する。
「……僕がやる」
僕は二人の元へ駆け寄り、ブルックの盾を蹴って跳躍した。
空中で、ジンが投げた短剣を掴み取り、それを囮にしてワイバーンの注意を引く。
残りの二頭は、仲間がやられたことで警戒心が強くなっていた。だが、その分、動きは単調になっている。
アリアの知識が、最適解を導き出す。
僕は再び、命を削るような全力の身体強化で、残る二頭の翼を、地に縫い付けた。
全ての戦いが終わった時、僕は膝から崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえていた。
クリスティーナは、三体のワイバーンの亡骸と、僕の姿を、ただ黙って見つめていた。
彼女はしばらく立ちすくんでいたが、やがて僕のもとに、ふらつく足で近寄ってきた。
「……ありがとうございます。わたくしの我儘で、無理をさせてしまったようで……ごめんなさい。皆様も、ありがとうございます。安全なところまで、早く戻りましょう」
彼女は深々と頭を下げた。その声は、まだ少し震えている。
その傍らで、執事のセバスチャンが「では、お嬢様。後の処理はわたくしめに」と一礼し、手際よくワイバーンの魔石や貴重な素材を速やかに回収し始めている。……万能か、この執事。




