第136話:西の風、東の空へ
『日本防衛戦線』設立という、歴史を刻む一日が暮れようとしていた。
傾いた陽が放つ最後の光が、第七区画の巨大なゲートを鈍い朱色に焼き上げている。僕たちはその光の中に立ち、数日というにはあまりに濃密な時間を共にした西からの使者たちを見送っていた。
黒鉄リュウジ率いるフクオカのチームが、黒塗りの装甲車両へ次々と乗り込んでいく。
初めて会った時の、互いを値踏みするような刺々しい空気はもうない。肩を叩き合い、短く言葉を交わす背中には、確かな絆が芽生えていた。
「……世話になったな」
最後にリュウジが、僕の前に歩み寄った。
射抜くような鋼の瞳から鋭さが消え、凪いだ水面のような静けさが浮かんでいる。
「……こちらこそ」
僕も静かに頷き返した。
彼は僕の肩越しに、陽菜、リリィ、クリスティーナへと視線を走らせる。そして、ふっ、と息を漏らすように口の端を上げた。目元に柔らかな皺が刻まれる。それは彼が見せた、初めての本当の笑みだったかもしれない。
「……お前たちの戦い方も、悪くはないらしい」
無骨な声に乗せられた、彼なりの最大限の賛辞だった。
しかし、その笑みはすぐに消え、再び厳しい傭兵の顔に戻る。
「だが、アリア。これから来る『本物』の脅威の前では、それだけでは足りんぞ」
声の底に、硝煙と血の匂いが染みついているかのような重みが響く。僕たちがまだ知らない、地獄を渡り歩いてきた者の声だ。
「『本物』……?」
問い返す僕の銀髪と金色の瞳を、リュウジは真っ直ぐに見据える。
「……お前がその身に宿す『力』。それが希望になるか、世界を終わらせる引き金になるか」
それきり彼は口を噤んだ。その言葉は、リリィが語った『銀の器』という僕自身の謎を、重い楔のように心に打ち込んでくる。
「……また、会うことになるだろう」
リュウジはそう言うと、無言で拳を突き出してきた。
一瞬の戸惑いの後、僕はその意味を悟り、自分の拳をこつんと静かに合わせる。
言葉はなかった。ただ、硬質な拳の感触だけが、戦士と戦士の間に交わされた未来への誓いだった。
重い金属音を立ててハッチが閉まる。
唸りを上げるエンジン、地面を揺るがす履帯の響き。装甲車両の列はゆっくりと動き出し、壁の外の荒野へと滑り出していく。僕たちは、砂塵の向こうにその黒い影が溶け込み、地平線の点になるまで、ただ黙って見送っていた。
西からの風が、僕の髪を揺らす。
それはもうただの風ではない。まだ見ぬ戦場の匂い、世界の本当の広さ、そして僕たちがこれから対峙すべき、途方もなく巨大な敵の気配を運んでくるようだった。
僕は、守るべき第七区画の東の空を見上げた。
残光を映す空は、どこまでも高く澄み渡っている。だが、その美しい蒼のさらに奥深く、見えない闇の中で何かが蠢き、生まれようとしている。肌が粟立つような、確かな予感。
物語はもう、この区画だけの小さなものではない。
この星の全ての命運を乗せて、最後の、そして最も壮大な戦いの幕が、今、静かに上がろうとしていた。
見えない闇の中で、何かが、生まれようとしているのを、僕は、確かに、感じていた。
物語は、もう、僕たちだけの、小さなものではない。
この、星の、全ての命運を乗せて、最後の、そして、最も壮大な、戦いの舞台へと、動き始めようとしていた。
皆様、こんにちは。作者の~かぐや~です!
ここまで、長い長い物語にお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございます!
第七区画という小さな街から始まった蓮くんと陽菜ちゃんの物語は、リリィやクリスティーナ、エレクトラといった最高の仲間たちと出会い、ついに「世界」という大きな舞台へと繋がりました。
西からのライバル、黒鉄リュウジとの出会いを経て、彼らの戦いは、次のステージへと進もうとしています。
そして、この先の物語――最終章となる【第8章】世界防衛編は、すでにおおまかなプロットが30話分以上、仕上がっております。
これから描かれるのは、世界規模で進行する「影の怪異」の脅威、国外の生存拠点との連携や対立、そして、アリアの身体の謎と、蓮くんとヒロインたちの関係の最終的な結末です。私自身、今から書くのが楽しみで仕方ない、最高のクライマックスが待っていると、お約束できます。
――しかし、ここで皆様に、一つ、お詫びと、お願いがございます。
ここまで物語を書き進める中で、私自身、この物語とキャラクターたちへの想いが、日に日に強くなっていくのを感じておりました。
それに伴い、「もっと良いものにしたい」「もっと面白い展開を届けたい」という欲が生まれ、一話一話の推敲に、以前よりもずっと多くの時間をかけるようになってしまいました。
他の物語についても同様であり、このままのペースで書き進めても、物語の品質を保ったまま、皆様にご満足いただけるものをコンスタントにお届けする自信が、正直に申し上げて、ございません。
全ては、私の筆力と、処理能力の不足によるものです。本当に、申し訳ありません。
つきましては、大変心苦しいのですが、この物語の執筆を、ここで一度、休載とさせていただきたく存じます。
物語の舞台は、これからさらに大きく、複雑になっていきます。その壮大な物語を、最高の形でお届けするために、私に時間をください。
必ず、パワーアップして、この場所に帰ってきます。
蓮くんと陽菜ちゃん、そして仲間たちの最後の戦いを、最高のクオリティで皆様にお届けすることを、お約束します。
この物語を楽しんでくださっている読者の皆様には、本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
どうか、少しの間だけ、彼らのことを、物語のことを、覚えていていただけると、幸いです。
また、必ず、お会いしましょう。
~かぐや~




