第135話:ヤマトの名の下に
黒鉄リュウジの衝撃的な告白が、重い楔となって突き刺さったまま夜が明けた。
昨日までの対立と興奮が嘘のように鎮まった第七区画は、まるで水底に沈んだかのように静かだ。だがその静寂は、氷が張り詰めるような、新たな緊張に満ちていた。
防衛高校、大会議室。
固く閉ざされた扉の向こうでは、第七区画と西都フクオカ、双方のトップが一堂に会していた。
巌のように腕を組むギルドマスター。背筋を伸ばし、静かに目を伏せる霧島校長。そして、フクオカから派遣された政府代理人を筆頭とする代表団は、長旅の疲労と警戒を滲ませている。
俺たちチーム・アリアと黒鉄リュウジの一団も、その巨大な円卓の末席に座ることだけを許されていた。誰もが一言も発せず、部屋の空気は鉛のように重い。
円卓の中央、エレクトラが投影した日本列島の立体地図が、青白い光を放っている。
光点は三つ。俺たちの第七区画、西都フクオカ、そして北の北海道連合。大海に孤立した島々だ。
だがその周囲を、リリィとリュウジが報告した『影の歪み』を示す赤いマーカーが、まるで生き物の脈動のように不気味に明滅し、じわじわと光の領域を侵食していた。
「……状況は、ご覧の通りだ」
沈黙を破ったのは、ギルドマスターの腹の底から響くような低い声だった。
「もはや一つの拠点で対処できる問題ではない。これは、人類全体の生存に関わる危機だ」
霧島校長が、静かに言葉を継ぐ。その声は凛として、重い空気を切り裂いた。
「これまで我々は、それぞれの場所で、それぞれのやり方で生き残るために戦ってまいりました。ですが、その垣根を取り払う時が来たようですわね」
彼女の視線が、フクオカ代表団の長へと向けられる。
白髪を綺麗に撫でつけた老練な政治家は、しばらく固く目を閉じていたが、やがて乾いた唇をゆっくりと開いた。
「……うむ。異論は、ない。……いや、もはや我々に選択の余地など残されてはおるまい」
その一言が、歴史の歯車を軋ませ、動かした。
互いに牽制し、時には反目さえしてきた孤立した生存拠点。その間にあった分厚い壁が、共通の脅威を前に、今、砕け散ろうとしていた。
「――ではこれより、超法規的組織『日本防衛戦線』の設立を、ここに宣言する!」
ドンッ!
ギルドマスターが叩きつけた拳が、テーブルを揺るがした。その轟音に、誰もがびくりと肩を震わせる。
「コードネームは『ヤマト』。この日ノ本の国を、我々の手で守り抜くという誓いの名だ!」
力強い宣言が、会議室の空気を震わせる。
皆が息を呑む中、霧島校長がすっくと立ち上がり、その強い眼差しで俺たち若き戦士たちを射抜いた。
「そして、この『ヤマト』の最初の刃となる筆頭実行部隊として、あなた方を任命します」
彼女の視線が、俺と、そしてリュウジを真っ直ぐに捉える。
「――東の英雄、『チーム・アリア』」
「――西の鬼神、『チーム・リュウジ』」
「あなた方の若き力が、この国の未来を切り拓く希望の光となることを、期待しています」
言葉はなかった。
俺たちはただ、静かに立ち上がる。
隣に立つリュウジと、視線が空中で激しくぶつかった。
だが、もうそこに敵意や侮蔑の色はない。互いの瞳の奥に映るのは、同じ巨大な敵を前にした戦士としての共感と、静かに燃え盛る蒼い闘志だけだった。
拠点間の協力体制。それは暗闇を照らす一つの大きな希望の光だ。
だが同時に、それほどまでに俺たちが追い詰められているという、紛れもない現実でもある。
ずしり、と。
この国の未来そのものが、俺たちの両肩にのしかかってくるのを感じた。呼吸が、少しだけ浅くなる。
物語はもう、後戻りのできない新たなステージへと、駒を進めたのだ。




