第131話:鬼神の刃、敗北の味
「――そこまで!」
霧島校長の静かだが、凛とした声がアリーナに響き渡った。
それは僕たちにとって、あまりにも早く、そして無慈悲な試合終了のゴングだった。
陽菜は、砕け散った観覧席のガラス片の向こうで震える友人たちの姿を、ただ呆然と見つめている。仲間を守るためにその場に釘付けにされた彼女の『陽光の盾』は、もはや一歩も動けない。
クリスティーナもまた、巫女の少女が張り巡らせた魔力の糸に蝶のように絡め取られ、完全に動きを封じられていた。
そして僕も。目の前の巨大な機械腕の男が構える鉄壁を、ついに崩すことはできなかった。
僕たちの、負けだった。
それも、完膚なきまでの敗北。
黒鉄リュウジが、刀を鞘へとゆっくりと納める。
カチリ、と冷たい音が静寂に響く。その流れるような所作には、一切の油断も慢心もない。ただ、冷え切った鋼のような静けさが、彼の全身を支配していた。
“西の鬼神”と呼ばれる所以。それは単なる強さではない。戦場を支配する、あまりにも冷徹で完璧なまでの力。僕たちはその力の前に、手も足も出なかった。
アリーナに重い、重い沈黙が落ちる。
観覧席の第七区画の生徒たちは、誰一人として声を発せない。信じてきた「強さ」が目の前でいとも容易く打ち砕かれる。そのどうしようもない現実を、ただ突きつけられていた。
リュウジはそんな僕たちを一瞥すると、興味を失ったようにゆっくりと踵を返した。
そして去り際に、吐き捨てるように呟く。
「――お前たちの戦いは、ただの訓練ごっこだ」
その言葉は、研ぎ澄まされた刃となって僕たちの、そしてこの場にいた第七区画すべての生徒たちの胸に深く突き刺さった。
悔しさに唇を噛み締める者。圧倒的な実力差に立ち尽くす者。そして陽菜のように、自分の甘さを呪い、俯く者。
凍りついた空気を、切り裂くように。
僕が、一歩前に出た。
「――待て」
静かな声に、リュウジの足がぴたりと止まる。
彼はゆっくりと振り返る。その冷たい鋼の瞳と、僕の金色の瞳が再び火花を散らした。
「……まだ、終わっていないだろう」
僕はミスリルナイフの切っ先を、震える腕でまっすぐに彼へと向けた。
「チーム戦はあんたたちの勝ちだ。だがこの交流戦、まだ大将戦が残っているはずだ」
無謀な挑戦。
その言葉に、アリーナ全体が息を呑むようにざわめいた。
「おい、アリア……!」
「無茶だ!」
仲間たちの悲鳴にも似た制止が飛ぶ。
だが、僕は引かない。
このまま終わらせるわけにはいかない。僕たちの「絆」の力を、「遊びごっこ」と嘲笑われたまま。
リュウジは、僕の瞳に宿る決して折れない光を認め、初めてその口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「……面白い」
彼は納めたばかりの漆黒の刀の柄に、再びその手をかける。
「いいだろう。……その折れかけた牙で、この鬼神にどこまで届くか。試してみるがいい」
空気が再び張り詰める。
第七区画の最後の希望と、西都フクオカの絶対王者。
交流戦の本当のクライマックスが、今、始まろうとしていた。




