第126話:西からの風
数日後。
第七区画と壁外を隔てる巨大なゲートが、腹の底に響くような金属音を立て、ゆっくりと開かれていく。
ゲートの両脇には、自衛隊の兵士たちが銃を構え、寸分の隙もなく整列していた。その銃口は、ゲートの向こう、陽炎に揺らめく荒野へと真っ直ぐに向けられている。
歴戦の冒険者であるブルックやジンも、その後方で厳しい表情を崩さず、腰の得物に手を添えていた。第七区画全体が、今、張り詰めた弦のように、最高レベルの緊張に包まれていた。
僕と陽菜、クリスティーナ、そしてリリィは、その厳戒態勢の中心に立っている。
霧島校長とギルドマスターの代理として、『西都フクオカ』からの使節団を出迎えるために。
やがて、ゲートの向こう側。
揺らめく地平線の彼方に、数個の黒い影が姿を現した。
それは馬車でもトラックでもない。
まるで巨大な黒豹が地を這うような、低く滑らかなフォルム。最新鋭の装甲車両だ。その黒光りする車体には、無数の傷や凹みが刻まれ、彼らが潜り抜けてきた修羅場の激しさを無言で物語っていた。
キィィィ……ッ!
耳障りなブレーキ音と共に、装甲車両の列が僕たちの前で完璧な陣形を組んで停止する。
プシュー、と空気圧の抜ける音がやけに大きく響いた。
先頭車両の分厚いハッチが、ゆっくりと、威圧するように開かれる。
最初に降りてきたのは、一人の長身の青年だった。
黒い詰襟の制服は、僕たちの防衛高校のものとは意匠が少し違う。腰には鞘に収められた一振りの長い日本刀。陽光を反射しない漆黒の髪と、その瞳は、まるで鍛え上げられた鋼のように、冷たく鋭い光を宿していた。
彼の背後から、同じ制服に身を包んだ数人の男女が続く。
巫女のような白い装束の少女。
巨大な機械の腕を装着した大男。
その誰もが、僕たちの学園の生徒たちとは全く異質な空気を纏っていた。馴れ合いを一切拒絶するような、孤高で、どこまでも実戦的な戦士の空気。
青年は僕たちの前に立つと、その鋭い瞳で、一人一人を値踏みするようにゆっくりと見渡した。
そして、その視線が僕――アリアの姿を捉えた、その時。
彼の整った唇の端が、ほんのわずかに吊り上がった。
「――黒鉄リュウジだ。『西都フオカ』防衛学園の生徒会長を務めている」
若々しいが、幾多の戦場をくぐり抜けてきたであろう、低く、重い響き。
「……貴様が、噂のアリアか」
彼は僕の銀髪と華奢な身体を一瞥し、侮るように、ふん、と鼻で笑った。
「……ほう。第七区画の英雄とやらは、随分とか細い小娘のようだな。噂倒れでなければ良いが」
その、あまりにも不遜な第一声。
僕の隣で、陽菜の眉がぴくりと動く。クリスティーナが持つ扇子が、ぎちり、と不快な音を立てた。背後から、ブルックやジンが腰の武器に手をかける、殺気じみた気配が伝わってくる。
西から吹く風は、僕たちが想像していたよりも、ずっと冷たく、荒々しいものだった。
僕と、黒鉄リュウジ。
二つの拠点の代表同士の、静かだが激しい火花が、乾いた空気の中で弾ける。
この出会いが、僕たちの運命を新たな嵐の中へと導いていく。
その本当の意味を、この時の僕たちはまだ、知る由もなかった。




