第13話:防弾リムジンと不機嫌な護衛
ギルドマスターが手配したという二人のサポート護衛――寡黙な大男の重戦士ブルックと、痩身で鋭い目つきの斥候ジン――と合流し、僕はクリスティーナに連れられてギルドの外へ出た。
そこに停まっていたのは、馬車ではなかった。
黒塗りの、流線型で巨大な車体。分厚い防弾ガラス。車体の側面には、エルロード商会の紋章が金色に輝いている。
「……リムジンか」
この世界は、20年前に怪異が出現して一度崩壊したが、人類は巨大な防護壁の内側に新たな文明を築き上げた。スマホもあれば、インターネットもある。そして、富裕層はこうして、旧時代の遺産を発展させたような乗り物を乗り回している。飛行機も存在するが、悠長な旅客機は飛竜などの格好の的になるため、軍用か特別なチャーター機に限られる。
「さあ、乗りなさいな」
運転手が恭しくドアを開けると、クリスティーナはさっさと車内に乗り込んでいく。
僕たち護衛は後部座席に続く、向かい合わせのシートに腰を下ろした。革張りのシートは、僕のアパートのベッドより遥かに快適そうだ。車内にはミニバーまで完備されている。まさに至れり尽くせりだ。
(うわー……。落ち着かない……)
内心の戸惑いを悟られぬよう、僕はフードの奥で深く息を吐き、腕を組んでクールを装った。
リムジンは、静かに、そして滑らかに走り出した。壁外へと続くゲートを、エルロード商会の通行許可証で顔パスしていく。
車内では、クリスティーナが上機嫌で今日の計画を語っていた。
「目的地は、『風切り谷』。あそこは飛竜の営巣地として有名ですの。谷を見下ろせる崖の上から、わたくしは飛竜の生態をスケッチしますわ。あなたたちは、その間、わたくしの周囲を完璧に警護なさい。いいですわね?」
「……了解した」
僕が短く答えると、クリスティーナは値踏みするような目で僕を見つめた。
「あなた、こうして近くで見ると、相当お若いですわね。ひょっとして、わたくしより年下なのではなくて? おいくつ?」
「……年齡不詳で登録している」
「まあ、秘密主義ですこと。ですが、その小柄な体で、本当にギルドマスターを唸らせるほどの実力がおありなのかしら?」
彼女の言葉には、あからさまな挑発の色が滲んでいた。どうやら、僕の実力を試したいらしい。
「もし飛竜に襲われたら、きちんとわたくしを守れますの? それとも、ただの噂倒れで、真っ先に逃げ出すおつもり?」
「……仕事は、やり遂げる」
「ほぅ。口だけは達者ですのね。よろしいですわ。その言葉、信じてさしあげましょう」
クリスティーナは扇子で口元を隠し、くすくすと笑った。その瞳は、これから起こるであろう出来事を楽しみにしているかのようだ。
そんなやり取りをしているうちに、リムジンは目的地の「風切り谷」にほど近い、荒野で停車した。ここから先は、車では進めないらしい。
「さあ、着きましたわよ! ここからは徒歩です」
クリスティーナは颯爽と車を降りる。彼女の荷物は、エルロード商会の紋章が入った特注品のバックパック一つにまとめられており、軽々と自分で背負った。
僕たち護衛は、彼女を三角形に囲むように陣形を組み、崖の上へと続く道を進み始めた。先頭は斥候のジン、殿は重戦士のブルック。そして、僕がクリスティーナのすぐ傍らに付き、万一に備える。
「それにしても、見事な腕前だと伺いましたわ、アリア。わたくし、強い方が大好きですのよ。ぜひ、あなたの戦いをこの目で見てみたいものですわ」
「……」
「あら、ご不満? 退屈な護衛任務より、その方があなたにとっても刺激的ではありませんこと?」
彼女は、まるで猛獣の檻を前にした子供のように、無邪気に、そして残酷に微笑んだ。
どうやらこのお嬢様は、安全な場所から見物するだけでは満足せず、僕が怪異と戦う姿を間近で見たがっているらしい。
(本当に、前途多難だな……)
僕はこれから観察するという飛竜よりも、隣で好奇心と期待に満ちた視線を向けてくるこのお嬢様の方が、よっぽど厄介な存在に思えた。
風切り谷から吹き付ける風が、僕のフードを揺らす。その風は、嵐の到来を告げているかのようだった。




