第122話:復讐の玉座
背後で、鋼鉄の壁が断末魔を上げる。
セラが奏でる破壊の交響曲が、床を、空気を、俺たちの骨の芯まで震わせていた。その轟音の中を、俺たちは駆ける。ナビゲーションはとうに沈黙し、頼りになるのはリリィの瞳だけだった。彼女の賢者としての直感が、錆びついた通路の闇を切り裂く唯一の光だ。迷いのないその横顔が、この鋼鉄の要塞の心臓部が近いことを告げていた。
やがて行き着いたのは、巨大な円形の空間。
目の前に、分厚いブラストドアが絶壁のように立ちはだかる。
中央には、旧世界のエネルギー公社と思しき紋章が、乾いた血のような錆に覆われていた。むせ返るようなオイルと冷却水の匂いが、鼻の奥をツンと刺す。ここが動力炉――この迷宮の禍々しい心臓。
俺とリリィは、言葉もなく視線を交わし、短く頷く。
扉の両脇に陣取り、深く息を吸い込む。互いの鼓動が聞こえるほどの静寂が、一瞬だけ世界を支配した。
そして、全力を叩きつける。
――ゴォンッ!
鼓膜を突き破る衝撃。分厚い扉が内側から絶叫を上げ、凄まじい勢いで弾け飛んだ。舞い上がったコンクリートの粉塵が視界を真っ白に塗りつぶす。
咳き込みながら顔を上げる。
粉塵がゆっくりと晴れた先に広がっていたのは、人の想像が創りうる地獄だった。
部屋の中央。
巨大な円筒形の動力炉が、地の底から響くような低い唸りを上げ、不気味な青白い光を明滅させている。その周囲を、無数のケーブルやパイプが巨大な生物の内臓のようにとぐろを巻き、時折、脈打つように蠢いていた。
そして、その動力炉の前に。
場違いなほど豪奢な玉座に、一人の男が腰掛けていた。
伊集院権三。
だが、その姿はもはや人間のものではなかった。
身体は歪に膨れ上がり、皮膚は黒曜石のように硬質化している。その表面を、紫色の血管が網の目となって浮かび上がり、動力炉の光を受けて不気味に脈打っていた。両腕からは無数のチューブが伸び、あの青白いエネルギーを直接その身へと注ぎ込んでいる。
瞳から理性の光は消え失せ、どす黒い復讐の炎だけが、澱んだ水面のように揺らめいていた。
「……よく来たな、小娘ども」
権三の口から漏れたのは、金属を擦り合わせ、獣の咆哮を混ぜたようなおぞましい響き。
「最高の舞台を、整えてやったぞ。お前たちの……最後の舞台をな」
ミシリ、と骨の軋む音を立て、男が玉座から立ち上がる。
三メートルに迫る巨躯。天井に届かんばかりの影が、俺たちを飲み込もうと迫り来る。その圧倒的な威圧感に、喉がカラカラに乾いた。
「……伊集院権三」俺は静かにその名を呼ぶ。「お前のくだらない復讐に、どれだけの人間を巻き込んだ」
「くだらない、だと?」
怪人と化した権三の喉の奥で、空気を震わす笑い声がくつくつと鳴った。
「貴様らに私の何がわかる! プライドを! 地位を! 未来を! 全てを奪われたこの私の絶望がッ!」
絶叫が、動力炉の唸りと不気味に共鳴し、部屋全体を揺るがす。
「全てを失った私には復讐しかないのだ! 貴様らをこの手で八つ裂きにし、その絶望の顔を眺めながら、この世界と共に滅びる! それこそが私の最後の望みよ!」
その瞳は、狂気に完全に呑まれている。
もはや言葉は届かない。
俺たちは、静かにそれぞれの武器を構えた。
陽菜の全身から黄金色の光の粒子が溢れ、荘厳な盾を形作る。
リリィの両手が深紅に染まり、皮膚を突き破って鋭い爪が音もなく伸びた。
そして俺は、ミスリルナイフの冷たい柄を、骨が浮き出るほど強く握りしめる。
「……来いよ、化け物」
俺は、吐き捨てるように言った。
「お前のその歪んだ絶望ごと、終わらせてやる」
復讐の怪物が、天を衝く咆哮を上げた。
最後の戦いの火蓋が、今、切って落とされた。




