第121話:受付嬢の独壇場
「――どういうことだ! なぜ外部から侵入者が!」
ノイズ混じりの怒号が、強化外骨格の隊長のヘルメットから迸る。
その苛立ちさえも嘲笑うかのように、彼女――セラさんは、そこにいた。
にこやかで、あまりにも場違いな笑みを浮かべたまま。その手に抱えた巨大なライフルの銃口を、ゆっくりと、こちらへ向けてくる。鋼鉄の鎧に身を包んだ傭兵たちが、まるで的になったかのようにぴたりと動きを止めた。
「どうして、ここに……?」
呆然と漏れた僕の問いに、セラさんは悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。そのウィンクは、僕にだけ向けられた秘密の合図のようだった。
「エレクトラちゃんが教えてくれたんですよぉ。『女神様たちが、罠に嵌められました!』って。……まったく、マスターたち大人組は頼りになりませんねぇ」
いつものように穏やかで、どこか気の抜けた声。
僕たちが孤立した瞬間、それを罠だと見抜いていた。そしてギルド本隊とは別に、単独でこのプラントまで。
荒れ狂う嵐の海を、一体どうやって越えてきたというのか。想像すら、できなかった。
「さて、と」
セラさんは僕たちに向き直ると、まるで幼子に言い聞かせるように、その優しい瞳を細める。
「さあさあ、あなたたちは先にお行きなさいな。一番おいしいデザートは、主役が食べないと、でしょう?」
ライフルの銃口が、くいっと通路の奥――動力炉へと続く道を指し示した。
「で、でも、敵が……!」
陽菜が悲鳴のような声を上げる。
「大丈夫ですよぉ」
セラさんは唇に人差し指をあて、静かに、と囁くように微笑んだ。
「この程度のマナーの悪いお客様たちの『おもてなし』は、私一人で十分ですから♪」
最後に、彼女は僕の顔をまっすぐに見つめ、とびきりの笑顔を向ける。
「その代わり、アリアちゃん。あとで、貸しひとつ、ですからねぇ♪」
返事をする間もなかった。
彼女はふわりと身を翻し、僕たちと傭兵たちの間に立ちはだかる。
その華奢な背中が、やけに大きく見えた。
「――通しませんよぉ」
のんびりとしたその声が、引き金だった。
ドゥゥゥゥゥンッ!!
空気が震え、腹の底を直接殴られたような轟音が響き渡る。
セラさんの『ジャッジメント』が火を噴いたのだ。放たれた一弾は傭兵たちの頭上をかすめ、通路の天井を走る巨大なパイプを正確に撃ち抜いた。
ゴオオオオオッ!
裂けたパイプから灼熱の蒸気が滝のように噴き出し、一瞬にして世界を白く染め上げる。傭兵たちの焦る声が、濃い霧の向こうでくぐもって聞こえた。
「今のうちに、行って!」
セラの鋭い声が飛ぶ。
「……っ! 感謝します、セラさん!」
「……すまん!」
僕と陽菜、そしてリリィは顔を見合わせる。セラが作り出した一瞬の好機。僕たちは蒸気と混乱の中を、一気に駆け抜けた。
背後で、再び鉄と肉が砕ける音が響き渡る。
ドゥゥン! ぎゃりん! ドゥン!
「きゃあ!」「ぐわっ!」
ライフルの轟音に次々と掻き消されていく。
それはもはや戦闘ではなかった。一方的な蹂躙。セラさんたった一人の、独壇場だった。
一度だけ、振り返る。
蒸気と硝煙が渦巻く向こう側。フリルのついたエプロンドレスが、血の代わりに蒸気を浴びながら、ワルツを踊るように優雅に、そして無慈悲に戦場を支配していた。
もう、迷わない。
仲間が切り拓いてくれたこの道を、その想いを、無駄にはしない。
僕たちは全ての元凶が待つプラントの最深部――復讐の怪物が待つ玉座へと、ただひたすらに駆けていった。




