第120話:鋼鉄の歌姫(ディーヴァ)
動力炉へと続く、プラントの中枢回廊。
火薬の匂いと金属が焼ける異臭が、狭い通路に充満していた。
遮蔽物のほとんどない一本道。その先から、重武装した傭兵たちが、濁流となって押し寄せてくる。鋼鉄のブーツが床を打ち鳴らす音、下卑た怒号、そして絶え間なく吐き出される銃弾。そこは、まさしく地獄の回廊だった。
「くっ……キリがない!」
ナイフで一体の傭兵の喉を掻き切る。だが、その死体を乗り越え、別の銃口がオレンジ色の火花を散らした。
銃弾が空気を裂く甲高い音。
「きゃあああっ!」
陽菜が悲鳴と共に展開した『陽光の盾』が、着弾の衝撃に激しくきしんだ。光の粒子が飛び散り、度重なるダメージで入った亀裂が、まるで壊れかけたネオンサインのように不吉に明滅する。彼女の顔は蒼白で、魔力の消耗は限界に近かった。
「陽菜、下がれ!」
僕の絶叫と同時、リリィが天井のパイプを蹴り、猫のようにしなやかに敵の背後へと舞った。
だが、傭兵たちも、その奇襲にはとうに慣れていた。
振り返った数人が、獣を狩るような目でリリィを捉え、その小さな身体を壁際へと追い詰めていく。
分断される連携。
削り取られていく体力と魔力。
そして、何より、死の恐怖が集中力を蝕んでいく。
額から流れ落ちる脂汗が目に入り、視界が滲む。肺が焼けるように熱く、呼吸が浅い。
(まずい……このままじゃ、ジリ貧だ)
「――終わりだ、小娘ども!」
傭兵の一人が、勝ち誇った歪んだ笑みを浮かべ、小型のグレネードランチャーを構えた。
漆黒の砲口が、僕たち三人にまっすぐに向けられる。
狭い通路。逃げ場は、ない。
陽菜が、砕け散る寸前の盾を構え、僕の前に立ちはだかろうとする。
壁際のリリィが、最後の力を振り絞って跳躍しようとする。
だが、もう、何もかもが遅い。
世界から音が消え、思考が白く染まっていく。僕の脳裏に、『死』という文字が冷たく浮かび上がった。
全てが終わる、その刹那。
――ドゴォォォォォォンッ!!!!
鼓膜を突き破るような轟音。
僕たちのすぐ横、分厚い鋼鉄の壁が、まるで内側から爆発したかのように外側へと吹き飛んだ。
凄まじい爆風と灼熱の金属片が、僕たちを追い詰めていた傭兵たちを、紙屑のように薙ぎ払う。
「「「な、なんだぁっ!?」」」
僕も、生き残った傭兵たちも、何が起きたのか理解できない。耳鳴りの中、呆然と壁に開いた巨大な風穴を見つめた。
穴の向こう側は、荒れ狂う黒い海。
そして、その嵐と夜闇を背に、一人の女性が、まるで舞台に立つかのように優雅に立っていた。
風に揺れる、フリルのついたエプロンドレス。
その華奢な腕には、彼女の身体ほどもある無骨な対怪異用超大口径ライフル。
煽られた長いポニーテールが、雲間から射す月明かりに、美しくきらめいた。
「――あらあらぁ。皆さん、お困りのようですねぇ♪」
ギルドの受付嬢、セラさんだった。
彼女は、完璧な微笑を浮かべると、瓦礫と化した壁の残骸を、ハイヒールで「こつん」と小気味よく踏み越える。そして、ふわりと僕たちの前に舞い降りた。
その姿は、まさしく絶望の戦場に降臨した、鋼鉄の歌姫だった。
「せ、セラさん!?」
陽菜が、目の前の光景を信じられないといった顔で、その名を呼ぶ。
「はい♪ 皆さんがあまりにも楽しそうだったので、私も混ぜてもらいに来ちゃいましたぁ」
日常の挨拶と変わらない声音。
彼女はそう言うと、巨大なライフルの銃口を、呆然と立ち尽くす傭兵たちへと、ゆっくりと向けた。
「さあ、パーティーの続きを始めましょうか?」
その笑顔は、どこまでも優雅で。
そして、どこまでも無慈悲だった。
僕たちの絶望に、今、一筋の、あまりにも圧倒的な光が差し込もうとしていた。




