第114話:女王の切り札
「危険すぎる!」
「ですが他に有効な手立てが!」
「万が一のことがあればどう責任を取るつもりだ!」
会議室は大人たちの怒号と焦燥の念で満ちていた。
僕たちの提案はあまりにも魅力的で、そしてあまりにも危険すぎた。
誰もが正しいと信じる道を譲らず、議論は完全に暗礁に乗り上げていた。
時間だけが無情に過ぎていく。
その張り詰めた糸がぷつりと切れそうになった、その時だった。
「――皆様。少しよろしいかしら」
凛とした、しかし有無を言わせぬ響きを持った声。
それまで黙って戦況を見つめていたクリスティーナが、静かに立ち上がった。
その場の全ての視線が彼女一人に、吸い寄せられるように集まる。
彼女は円卓を囲む大人たちを一人一人、ゆっくりと見渡した。その瞳にはもはやただのお嬢様の面影はない。
エルロードという巨大な組織を束ねる、次期当主としての圧倒的な風格が備わっていた。
「ならばこうしましょう」
クリスティーナは円卓に広げられた海上プラントの見取り図を、扇子の先でとんと叩いた。
「作戦の第一段階、海上プラントへの安全な上陸ルートの確保――橋頭堡の確保までを、わたくしたち『チーム・アリア』が担当いたします」
彼女のあまりにも大胆な提案に、ギルドマスターが「お嬢様!?」と声を上げる。
だがクリスティーナはそれを静かに手で制した。
「お聞きなさい。わたくしたちの役目はあくまで皆様方、本隊が安全に突入するための露払いです。橋頭堡を確保し本隊の到着を確認した後は、決して深入りはいたしません。……それならばリスクは最小限に抑えられるはずですわ」
それは子供たちの「戦いたい」という想いと、大人たちの「守りたい」という想い。その両方を汲み取った絶妙な妥協案だった。
そしてその提案には何よりも、強い「覚悟」が込められていた。
「この作戦の全責任はわたくし、クリスティーナ・フォン・エルロードが負います。万が一のことがあれば、エルロードの全てを懸けて償いをいたしましょう」
彼女はそう言い切ると、深々と頭を下げた。
あの気高き女王様が。
仲間たちのために、そしてこの街のために、そのプライドを懸けて。
「…………」
ギルドマスターも霧島校長も、もう何も言えなかった。
彼女のその譲れない想いの前に、大人たちの最後の砦は静かに崩れ去った。
「……わかった」
ギルドマスターが絞り出すようにそう言った。
「……だが約束だ。絶対に無茶はするな」
「ええ。約束いたしますわ」
クリスティーナは顔を上げ、女王のように誇らしげに微笑んだ。
会議が終わり僕たちがそれぞれの部屋に戻る途中。
陽菜が僕の部屋の前でもじもじと立ち止まった。
「……あのさ、蓮」
彼女は恥ずかしそうに、小さな布製のお守りを僕の手に握らせてきた。
「これ……」
「これね、お母さんが昔お父さんに渡したのと同じ神社のお守りなんだ。『絶対に無事で帰ってくる』って、ご利益あるんだって。だから……」
その瞳は潤んでいた。
僕はその小さなお守りを強く握りしめた。
その温かさが僕の最後の覚悟を、固めてくれた。
「……ああ。約束する。必ず帰ってくる」
僕たちは言葉少なげにしかし確かに、想いを交わした。
運命の作戦会議は明日に迫っていた。




