第104話:二つの魂
リリィが、自らの出自について語り終えた後、サンルームには、重たい沈黙が落ちた。
カップの中の紅茶は、すっかり冷めてしまっている。窓の外では、鳥のさえずりが聞こえるのに、ガラス一枚を隔てたこの部屋だけが、別の時間の流れにあるかのようだった。
陽菜も、クリスティーナも、リリィのあまりにも壮絶な告白に、かける言葉を見つけられずにいる。
僕もまた、自分の脳裏に断片的に存在する『アリアの知識』と、目の前の少女の話を、必死に結びつけようとしていた。
やがて、リリィは、ゆっくりと顔を上げた。
その、あどけなさが残る顔には、先ほどまでの内向的な響きとは少し違う、賢者としての、鋭い光が宿っていた。
その金色の瞳が、まっすぐに、僕――アリアを、射抜いた。
「……そして……アリア? あなたは、誰なのですか?」
その声は、静かだが、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「私が知っていたアリアさんは、他人にここまで心を許すような少女ではなかったと思います。もっと、孤高で、他者を寄せ付けない、研ぎ澄まされた刃のような……」
彼女は、ソファから静かに立ち上がると、僕の目の前まで歩み寄ってきた。
僕のサングラスの、すぐ目の前で、ぴたり、と足を止める。
「でも、あなたは、違う」
リリィは、その小さな手を、僕の胸に、そっと当てた。
「魂の波長が、混じっています。……アリアさんではない、別の、温かくて、そして少しだけ臆病な魂の響きが、あなたから聞こえます」
その言葉に、僕の心臓が、どきり、と大きく跳ねた。
彼女には、見えている。僕の、この身体の奥に隠された、本当の姿が。
「――あなたは、一体、誰なのですか?」
リリィの、静かな、しかし、決して逃がすことのない問いかけ。
陽菜とクリスティーナが、息を呑む気配がした。
僕は、観念した。
もう、隠し通すことはできない。
いや、隠し通すべきではないのだ。この、命を懸けて共に戦うと決めた、仲間たちに対しては。
僕は、ゆっくりと、かけていたサングラスを外した。
アリアの、金色の瞳が、あらわになる。
「……俺は」
僕の口から漏れた声は、まだ、澄んだ少女のものだった。
だが、その響きには、紛れもない、一人の少年の魂が込められていた。
「俺の名前は、斎藤蓮。……ただの、男子高校生だ」
しーん、と、部屋が、今度こそ、完全な静寂に包まれた。
陽菜は、僕の手を、ぎゅっと握りしめてくれている。
クリスティーナは、扇子を持つ手を止め、信じられないといった顔で、僕の顔を凝視している。
僕は、全てを話した。
壁外授業での事故のこと。
気がついたら、この身体になっていたこと。
僕の意識を核として、アリアの身体と知識だけが、混ざり合ってしまったらしいこと。
僕が、語り終えるまで、誰も、一言も発さなかった。
ただ、窓から差し込む日差しが、僕たちの間に落ちる、濃い影を、静かに映し出しているだけだった。
僕の、最大の秘密。
その告白が、僕たちの関係を、どう変えてしまうのか。
僕は、ただ、仲間たちの、次の言葉を、待つことしかできなかった。
永遠のように感じられる、沈黙の時間が、流れていった。




