第103話:異邦人(ストレンジャー)の告白
リリィが人としての姿を取り戻してから数日が過ぎた。
クリスティーナ邸の陽光が降り注ぐサンルーム。ガラスのテーブルの上にはセバスチャンが淹れた、香り高い紅茶が湯気を立てている。
僕と陽菜そしてクリスティーナは、テーブルを挟んで一人の少女と向かい合っていた。
少女――リリィは陽菜が用意した、少しサイズの大きいワンピースを着て、居心地が悪そうにソファの隅で身を縮こませていた。その金色の瞳は僕たちの視線から逃れるように、きょろきょろと揺れている。
「……体調は、もういいのか?」
僕が尋ねるとリリィは、びくっと肩を震わせこくりと小さく頷いた。
「……う、うん。……その、世話になった」
その声はまだ少しだけか細く、消え入りそうだ。
彼女はカップを両手で包み込むように持つと、意を決したように一度ぎゅっと目をつむり、そして僕たちを一人一人順番に見つめた。
「……あ、あの……! みんなには話しておかなきゃいけないことが、あって……」
その場に静かな緊張が走る。
リリィは震える声で、自分のことを語り始めた。
「……まず、その……私、ここの世界の人間じゃない、みたいで……」
その衝撃的な一言に、陽菜が息を呑んだのが分かった。
「た、たぶん状況からすると……私がいた世界はみんなの言う『異世界』ってとこなんだと思う。そこはここより魔素?とかが多くて……怪異ももっとたくさんいて……」
彼女の言葉は途切れ途切れだ。だがその瞳の奥には故郷を懐かしむような、深い哀愁の色が浮かんでいる。
「私はそこで……えっと、『賢者』って呼ばれてた。……それで、ある学院に通ってて……」
リリリィはそこで一度言葉を切ると、僕――アリアの顔を不安そうにちらりと見上げた。
「……アリアと、同じ戦闘学院」
「!」
僕の身体がかすかに震えた。僕の脳内にあるアリアの『知識』、その断片が彼女の言葉に共鳴する。
「……それで、その……遺跡の調査中に事故で……。古い転送トラップを踏んじゃって……。次に気がついた時には、こっちの世界の黒猫になってて……」
彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。
「……なんで猫だったのかは今もよくわかんない。でもどうしようって思ってたら、アリアを見つけて……」
リリィの金色の瞳が僕を射抜く。
「……最初は信じられなかった。あのアリアがなんでこんなところにいるんだろうって。でもその銀髪も戦い方も、間違いなく私や……『あいつ』が知ってるアリアだったから。……それで、その、つい気になって……後をつけてた」
彼女はそこで少しだけ眉をひそめた。
「でも記憶の一部がまだはっきりしなくて……。アリアがなんでこの世界にいるのかとか……『あいつ』がどこに行ったのかとか……」
『あいつ』。
その言葉に僕の胸がチクリと痛んだ。アリアの知識にはその存在を示すデータがない。
リリィは僕たちがまだ何も知らない、アリアの過去を知っている。
サンルームには再び沈黙が訪れた。
異世界からの来訪者。
アリアとの過去の繋がり。
そしてまだ明かされぬ数々の謎。
物語の新たな扉が今、静かに開かれようとしていた。
僕たちはただ目の前の、金色の髪を持つ内向的な、孤独な異邦人の姿を見つめていることしかできなかった。




