第101話:間話:繋がる想い、届かぬ祈り
クリスティーナ邸の陽光が差し込む一室。
そこに三人の少女たちの沈んだ声が響いていた。
「……陽菜、やっぱり今日も元気ないね」
ミカが持ってきたばかりの、色とりどりのフルーツゼリーが乗ったお皿を力なく見つめる。
陽菜の友人――『銀の百合騎士団』の面々はあの日以来、毎日交代でこの屋敷にお見舞いに訪れていた。
彼女たちの目的はただ一つ。
大切な親友であり仲間である陽菜を元気づけること。
だが医療室の扉の向こうにいる陽菜は日に日に、その太陽のような輝きを失っていくばかりだった。
「無理もないよ……。あんなに大切にしてた猫ちゃんが目の前で……」
ユキが瞳を潤ませる。
「私たち、陽菜のために何もしてあげられないのかな……」
アヤのか細い声が静かな部屋に溶けていく。
自分たちがパーティーではしゃいでいたせいで陽菜を、そしてアリアをこんなにも悲しませてしまった。その無力感が少女たちの胸を重く締め付けていた。
「……ううん、そんなことない!」
沈黙を破ったのはミカだった。彼女はパンと自分の膝を叩くと顔を上げた。その瞳にはいつかの騎士団長のような、強い光が宿っていた。
「陽菜を笑顔にするのが、私たちの役目でしょ!」
三人は顔を見合わせ力強く頷いた。
そこからの彼女たちの行動は迅速だった。
「陽菜、これ学校の授業のノート! 私が完璧に取っておいたから心配しないで!」
「陽菜が好きだって言ってた駅前のケーキ屋さんの新作、買ってきたよ!」
「見て見て陽菜! この前の訓練の時のアリアさんの面白い写真!」
彼女たちは陽菜が少しでも笑ってくれるように、自分たちにできるありったけのことをした。
そしてある日の午後。
三人は陽菜が付き添う医療室に、小さないろとりどりのお守りをたくさん持ってきた。
「これね、街中のご利益があるって言われてる神社、全部回ってもらってきたんだ!」
「陽菜の大切な『家族』が元気になるようにって!」
彼女たちの行動はあくまで「親友である陽菜のため」。
だがその優しい想いは間違いなく、眠り続けるリリィにも向けられていた。
「陽菜をこんなに悲しませるなんて許さないんだから。……だから早く元気になりなさいよね、猫ちゃん」
ミカはリリィの枕元にお守りを置きながら、そっとそう語りかけた。
――同時刻。冒険者ギルド。
カウンターの奥にあるギルドマスターの執務室。
そこには珍しくブルックとジンの二人の姿があった。
「――……で、アリアの様子はどうなんだ」
ブルックが腕を組みぶっきらぼうに尋ねる。
ギルドマスターは山のような書類から顔を上げ、重々しくため息をついた。
「……ああ。クリスティーナ嬢からの報告によれば相当心を痛めているらしい。無理もないがな。目の前で仲間がやられたんだ」
その言葉にジンが舌打ちをした。
「ちっ……。あの時俺たちがもっと早く駆けつけていれば……」
「……終わったことを言っても詮無い」
ギルドマスターはそう言いながらも、その表情は苦渋に満ちていた。
沈黙を破ったのはブルックだった。
彼は立ち上がるとギルドマスターに深々と頭を下げた。
「マスター、頼みがある。俺たちに何かできることはねえか」
「……なんだと?」
「あのアリアの大切な猫なんだろ。助かる見込みがあるなら何でもする。特級の回復ポーションでも幻の薬草でも、俺たちが採りに行ってきてやる」
彼らの目的はあくまで「大事な仲間であるアリアを元気づけるため」。
そのためにアリアが大切にしているらしい「猫」を救う手立てを探す。
荒くれ者たちなりの不器用で、しかしどこまでも真っ直ぐな友情の形だった。
――そして、その夜。再び医療室。
陽菜は友人たちが持ってきてくれたお守りを、リリィの枕元に一つ一つ丁寧に並べていた。
そしてブルックたちが命がけで採ってきてくれたという、魂に効くとされる希少な薬草を九条先生が煎じてくれた薬湯。その一滴を濡れた布に含ませ、リリィの乾いた口元を優しく湿らせてやる。
「……みんな、あなたのこと心配してるよ。私も蓮も……」
陽菜は眠るリリィの小さな肉球をそっと握りしめた。
「みんなの想いがここに集まってる。だからお願い……!」
陽菜が仲間たちの想いを代弁するようにそう祈った、その時。
友人たちのお守りがギルドの薬草の残り香が、そして陽菜自身の純粋な想いが触媒となった。
彼女の身体から光が溢れ出す。
それは彼女一人だけの力ではない。
リリィを、そして陽菜とアリアを想う全ての仲間たちの祈りが束となって、今一つの奇跡の引き金を引いたのだ。
物語は絶望の淵から再び、光の差す方へと動き始めようとしていた。




